どうしても夜間のヘルパーさんとも性が合わないのか
何だかんだと母からも電話が入る。
確かに昼のヘルパーさんとは違った性格の様でもある。
弱ったなぁとか参ったなぁと云うのが正直な気持ちである。
 
                                              立ち木のある海辺
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どうしょうか、少し自分の時間を割けばそれで良いのかなぁ
と思い始めた頃、
お昼のヘルパーさんが診療所の担当者の人と相談して
  
  『二男のtsuneさんの名前を出したら・・・』
 
と云うことになったようである。
私に了解を求めてのそんな電話が入った。
至極簡単に好いですよ~と返事だけはしておいた。
 
と、とたんに母は小言も云わず、
夜間介護のヘルパーさんたちとも少しは仲よくし始めたようである。
ヘルパーさん達は
  
  「二男のtsuneさんが困って頼んで来たので此処に来たのだ」
 
と伝えたらしい。
 
 
あんなに職業婦人云々とか云っていたのに・・・・・
とにかくこれで又一つ前進と云うか解決した。
 
でも次の問題が何時出て来るのか、次には何が起こるのか
全て未体験であり全く道筋すら見えない。
へっぴり腰の男の介護、
フッと弱気になることもあるけれど仕方が無いか・・・・
 
ヘルパーさんも人の子、母も人の子
相性もあるし・・・・
母は母で自分の思いもあるし・・・・
絶対自分は他人に面倒を見て貰っていないと思っている。
 
それは医者の云う通り母のプライドは低くはない。
どちらかと云えば高い方であろう。
 
母は昔から自分で『慶応の看護学校卒』と云っているから
それは間違いの無いことだとは思っている。
結構病気の症状、病気への対応も詳しいし
私以上に東京のことは詳しい・・・・ただし昔の東京であるけれど。
私の学生時代に紺と赤色の毛糸の帽子を作って呉れた時も
これが慶応カラーだとか云っていたことを思うとまんざらでもないような気がする。
 
だからか、学歴には厳しく
3人の息子たちを大学迄出すのに必死で頑張ったのだと思う。
人に負けるなの母の口癖・・・・・
 
そんな母に職業婦人・・・と云われるヘルパーさんには悪いとは思うけれど
お昼のヘルパーさん達には何も云わず
まるで身内の様に笑って話している。
 
 
スタートが良かったのか
母との相性もあるのかも・・・・・
 
とにかくヘルパーさんの難しさも
介護される人の難しさも少しは理解できるようになってきたのかもしれない。