あのバックしてきた自動車と接触して転倒
救急車で運ばれての入院。
そんな入院時さえ見舞いに行ったような行かなかった様な記憶。
今はこんな蝋梅の花にも雪が積もっています。
それでも芳香が一杯に広がってくれます。

そんな母が退院許可も出ないのに勝手に退院手続きをして、
私に退院するから迎えに来てとの電話
そんな日から母と私の頓珍漢な生活が始まりました。
共稼ぎだった昔は親の手伝いで
確かに食事の用意をしたり後始末もしたけれど
結婚後は殆ど台所に立つ事も無く、平々凡々と過ごしてきた日常。
偶には母の家によってお茶を飲んだり、昼寝をしたり・・・・
あの日のあの時、
「退院するから迎えに来て・・・・」
との電話が原因です(笑)
あの電話が無かったら
こんなことにはならなかかったかもしれません。
毎朝のように事務所へ行く前に母の家へ寄って朝ごはんを作って、
昼、夜と時間の許す限り母の傍にいて・・・
母は息子を心配しながら家に寄ると甘えて、
息子は息子で母親を心配して此方も母に甘えて・・・・・
介護ってこんなものかもしれません。
息子にとって母を風呂に入れることも出来ないし、
下の世話も出来ません。
でも掃除なら、食事の用意や後始末なら出来る。
一緒に遊ぶことも出来るし愚痴を聞くことも出来ます。
泣いたり笑ったり、怒ったり怒られたり
慰められたり、褒められたり・・・・
考えようでは子供と一緒にいるみたいです。
子供は1日づつ大きくなって成長していくけれど
母は1日ごとに老いて衰えてゆきます。
寒い夜の時間を独りで過ごすって大変です。
季節には窓越しに診える花に語りかけ、窓打つ雨に涙し
硝子を揺らす風音におびえ
遠く過ぎた日々のことを考えるだけなのでしようか。
遠くに住む娘の幸せを考え、
近所に住みながら顔出しもしない息子夫婦を恨んでいるのでしょうか。
この先の夢見ることも無く・・・・・
語りかけることも無く・・・・・・・
生きるって何なのだろうかと考えてしまいます。