先日の地元紙にこんな記事が載っていました。
脚本家『みずはし・ふみえ』さんが
自分の子供さんが小学校卒業の時の会場でされたお話とか。
前の方は一部省略します。
《母からの手紙》として御披露されたようです。
『幼い頃お母さんの胸に抱かれないと眠れなかったあなた。
お母さんの姿が見えなくなるだけで泣いたあなた。
お母さんの後ろをヨチヨチと追いかけたあなた。
あの頃のあなたはもういません。
大きく成長してくれて。
お母さんをどんどん追い越していくようになりました。
お母さんと一緒に手を繋いで歩くことも・・・もうなくなったね。
今日はお母さんも卒業するような気分です。
でも忘れないでね、
あなたが立ち止まって振り向いたとき、そこにお母さんがいることを。
いつもあなたを見守っていることを忘れないで下さい』
「小さな男の子がお母さんの手をしっかり握って歩いているのを見て、
あぁうちは手を繋いで歩くことはもうないわと思うと切なくなったわ」
「うちはまだ繋ぐけど、向こうから友達が来るとパッと離すようになった」
「いや、うちなんて一緒に歩くのもイヤがるようになった」
とかお母さん方の小学校の卒業間近のお話から纏められたみたいでした。
『子育て中は大変な思いあるが、手を繋いで歩かなくなる日は必ず来る』
とありました。
子供の手が離れるというがまさに言葉通り。
でもね、水橋さん
生意気だけど
確かにそんな思いも有りますが大きくなって手を繋いで歩いていたら
それは大人ではないのかナと思います。
そんなの一人前でないですよね
大きくなったら
手を繋いで貰わなくても独りで自分の道を歩いていくのが大人の世界です。
独りで歩けるから大人なのかもしれない。
だけど
もっともっと大きくなって
そんな子供だった自分に
頭にも白いものが目立つような頃、
昔、手を繋いで歩いて呉れた母が背中も曲がって来る頃
そんな母達の背中を押して
手を繋いで歩くのも大人です。

幼い頃、子供の頃、
手を繋いで歩いて呉れるのも親の仕事
子供が大きくなったらそっと手を離して
そうしたら
親が何も分からなくなる頃
親が頼りなく歩く頃
今度はそんな子供が親の手を握りに来ます。
恩返しでも何でもなくてそれが自然の人間の姿でないのかな。
生意気でごめんなさい。
父親としては娘と手を繋いで歩きたいのも事実、
母親は息子と手を繋いで歩きたいのも本当みたいです
子供は何時までも子供でいて欲しいし・・・・とかくこの世は上手くいきません。