河と川、
果たしてどう違うのかは未だに分かりませんし
私の住んでいる県には1級河川はありません。
 
                                              渓谷の秋
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さだまさしの歌に
「男は大きな川になれ・・・・」
と云うのもありますが私にはとてもとても・・・・
 
タイのバンコクを流れるチャオプラヤー川や
ベトナムのサイゴンを流れるメコン川の様な
とてつもない川幅と流れる水の量のスケールなら
そうかナとは思いますが。。。。。。
 
これも子供の頃
田圃の中の小川で遊んでいる頃
その流れの中に木杭が立っていました。
 
水は当然流れて動き
止まっていることはありません。
そんな杭に水草が引っかかっていて
流れに揺られながらも
まるで根が生えたように流されることはありませんでした。
 
 
そんな生き方もいいなと思ったのは高校生時代だったでしょうか。
流れに身をまかせながらも
流されることのない生き方、
ある程度は自由で、少しは縛られて・・・・
未だにそんな生き方しか出来ていません。
 
 
 
川と云う歌があります。
作 野村耕三  
 
『 川の流れと 人の世は
  澱(よど)みもあれば
  渓流(たに)もある 
  義理の重さを 忘れたら
  立つ瀬なくして 沈むだろう・・・・
  黙って男は 川になる


 風にこぼれた 花びらを
  浮かべて川に情がある
  生きる辛さに耐えながら
  人は優しさ 恋しがる・・・・
  忍んで男は 川になる
 

 過去とうらみは 流れても
  流しちゃならぬ 恩がある
  他人の情けをかりながら
  明日へ漕ぎ出す船もある・・・・
  揺られて男は 川になる 』
 
 
そんな川の様な生き方もいいのではなんて
まだ思っている人間なんて古いのでしょうね。