昨日の続きです 
 
 
兄のすること、云うことは体裁や表面上の事ばかり
 
あの母の交通事故から何年かが経つが、
殆どの毎日みたいに母の処へ通ってるのは誰だろう
 
いやいや恩にきせている訳ではない。
 
私が見るに見兼ねて
自分の思いで勝手にやっている訳だから・・・・
 
            近所では我が家の『ヤマボウシ』が一番早く色づきました。
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母の表現に依ると
 
 『餌を運んでいるだけ』で
 
面倒見ているなんて冗談にしか思えない。
 
母の傍で庭木の手入れ、母と一緒の草むしりして遊び、
平日のみならず土日までもの食事の用意をして、
水撒きから冬の家の前の道路や門から玄関、
勝手口までの除雪なんて誰がやってるの?
 
でもこれは基本的に
誰が母の為に何を何年してきたと云う問題ではないのである。
 
したくなければしなければ良いのだし、
遣りたくても遣れない人もいるのから。
 
そんな年老いた自分の母親を
どう理解し
今後を考えると自分で出来ることを今現在させて貰えばそれで良いのである。
 
決して無理強いするものでもなく義務付けられたものでもないと思う。
 
本当に親が歳をとってその子供の代になるとこんな話ばかりである。
 
施設に預けて
それで親は幸せなのだろうか。
オシッコをちびり、自分の大便で遊び、
徘徊するか寝たきりになったらそれは仕方のないことだと思う・・・・・
今はただ我々より忘れることが多いだけ、
思い込みの激しいのは今に始まったことでもなく
少し度合いが進んだだけ。
 
オシッコを時々はちびるけれど別にこれは動きが鈍くなり
体力が伴わなくなっただけである。
 
そんな風に考えると自分では随分と気分が楽になってくる。
 
 
それと84歳の誕生日には自分で遺言状を書いて
私にそれを預けた母親である。
 
宛先には『4人の子供たちへ』としっかり筆で書いてハンコで封印までしてある。