先日、マスコミにも取り上げられた
能登、輪島への脱北者の漂流記事。
良かったとか悪かったとかの話は別として
無事日本近海まで流れ着きましたね。
昔むかし、
今の朝鮮半島から中国の一部に渤海という国がありました。
その国との交流に使われた日本の港が殆どが能登半島の港のようでした。
秋から冬は北西の風を利用して渤海から日本に、
そして冬を日本で越して春から夏の季節、南風を利用し渤海へ
帆船が行き来したようです。。
航海距離は約800キロ、7日から10日の航海だったようです。
多い時はそんな船に約百人もの人間が乗り込んでいたようです。
能登の福浦、富来、門前界隈を走るとそんな名残が残っています。
町営の温泉も『渤海の湯』、
ここの小さな露天風呂から眺める日本海の夕陽も格別です。
そんな名残の中に少し海岸線から入りますが
中島という町で『お熊甲祭』と云うのがあります。
初秋の9月20日
高さ20メートル程の真紅の枠旗が何本もはためきます。

日本海を渡って、
朝鮮半島から神様が
能登の地にやってきたという説が残るお祭りです。
確かに他の町で行われるキリコの出る祭りとは違います。

例年ですと
初秋の秋空に映えて見事な位に綺麗ですが
今年は雨模様の為縮小されたようです。
北朝鮮よりの脱北者の漂流船を考えると
昔も今も変わらぬ大きな潮の流れを感じてしまいます。

潮の流れは大きな川の流れです。
全てを呑み込みながら
何も云わず何も話さず昔も今も流れています。
そして運ぶものも昔から変わらないようです。
そんなゆっくりと流れる
歴史を考えながら
地方のお祭りを眺めるのも年齢の所為かもしれません。
(今年はそんな雨のおかげで参加を見送りました。写真は昨年のものです。)