熊川宿を早足で廻ってやがて5時半。
予定ではもう帰宅している筈なのに
宿で鯖寿司店の小父さんに勧められる儘に京都を目指すことにしました。
『京は遠ても十八里』と云われますが
正確にはどの街道筋を云うのか私には分かりません。
18里と云うと約54キロ、昔は早足の人で1日10里(約40キロ)ですから
背中に担ぐ天秤棒で担ぐとしたら相当の時間がかかったことでしょう。
ひと振りした塩が丁度良い塩加減になって京の都に着く訳ですね。
熊川宿から滋賀・今津へ抜ける途中の保坂と云う信号を右に曲がって
暫くすると朽木峠、
大きく蛇行しながらのゆったりした下り坂であったり、
ダラダラした上り坂であったりそんな道が続きます。
遠い歴史を感じながら1時間で着けるのかどうか、
途中で娘の家にも電話をしてみました。
そんな若狭街道筋に小さな集落が点在します。


道路下に流れる川に沿って点在する集落にはトタン葺の大きな屋根があります。
10年程前にはきっと見事な茅葺だったのでしょう。
今では茅葺屋根は殆ど個人では維持できなくなったようです。
道中一軒だけ見つけた茅葺民家。
もう京都大原は近い筈・・・・

時間も時間、気持ちが焦ります。
もっと早く出れば良かったなんて思っても
今更どうすることもできません。
二つの目玉の内
片方は前方を見つめ、もう片方は右側をしっかり見て・・
なんて器用なこともできません。
こんな纏まったトタン葺きの屋根も見事です。
良い雰囲気・・・ただし今度来れるかどうかは分かりません。
これらが茅葺の時代に訪れてみたかった・・・・

数回は道脇に車を止めてみたけれど殆ど休むこともなく
ようやく7時、京都への入り口出町柳付近に出ました。
彼方此方迷いながら何時しか四条川原町へ
祇園祭の始まった京都は浴衣姿の娘さんや、制服姿の高校生が街を彩ります。
疲れた気持ちが最後の目的地、孫チャンが待っているだろう娘たちの家へ向かわせました。
コロコロ変わった目的地です。
そしてままごとみたいな夕食を食べて冷えたお茶を飲んで、
最後の気持ちを奮い立たせて帰途へと就きました。
当然高速は左へ寄って80キロ、他車に迷惑をかけない程度にチンタラ走ります。
疲れて眠たい目をこすりながら・・・・・

最後の力を振り絞って杉津のパーキングエリア
から、漁火を撮った積もりですが・・・・・
手前のイルミネーションに蹴られて映りませんでした。
この後30分程の仮眠・・・・・・・
自宅へ辿り着いたら夜中1時半でした。
1日走行距離638キロ、
良く走りました。自分でも感心しています。
それでも誰に気遣いする事もなく、全く自分のペースで走り、それでいてある程度は見たいものを殆ど見て回った1日でした。
こんな日が2度とあるかどうかも分からず
疲れ果てたけれどそれなりに充実し、満足した1日でもありました。