先日の夜、
娘から電話が入りました。
めったに・・・・掛かって来ない電話です。
「もしもし○○子やけど・・・お父さんか」
「おっ、どうした!?」
「・・・・・・・」
「どうしたん?何あったのや」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・わたし、〒 辞めるのにした・・・」
「どうしてや?勿体ないぜ」
「・・・・・・」
「あのな、お父さんはこんな時代だから万が一の時にも
生活出来るようにと勧めたのだけど・・・・」
「分かってるけど・・・・・時間取れんし・・・・疲れたし・・・・」
そうですね、
年子二人を送って行って
保育所で延長保育を頼んで、迎えに行って・・・・・・・・・
〒ですから月末近くなると帰宅が八時、九時になってしまいます。
御飯の用意をして・・・・チビ達を風呂に入れて・・・
旦那と二人で頑張ってきました。
上のチビは春から一年生です。
「学童はどうしたん?」
「学童は四時までやし・・・」
まだ訳のわからぬ一年生、
独りで家に帰ることもできるかどうかも分からない一年生なのです。
旦那は年に数回の海外出張も国内の出張も有ります。
娘が一人でタクシーに乗って
保育所やら職場や、自宅まで走っていたことを知っています。
いろんな話の中で
「分かったよ、チビ達をしっかり守ってやりなさい」
電話を聞いていた嫁さんは
「何の為に大学まで出した・・・」 何ていってましたが
大学は就職の為に行くのではありません。
娘たち夫婦が何カ月か二人で相談をしながら出した結論でしょう。
「私らの子供だから二人で育てていくし・・・」
途中から少し泣声になっていました。
二人の出した結論でしたから何も云えませんでした。
今更帰って来いとも云えず、ただ心配しながら遠くから見ているしかありません。
でも、仕事のことで 『辞表』 を出す前に一応親に報告してきたのですから
了としなければならないのでしょうね。
悲しいですが・・・・親であって親でないということ。
そして私の心にも地震があったということ。
そう云えば私も昔、親にも云わずに会社を辞めて 「勉強?の為に大阪で仕事する・・・」 「今度は東京で勉強してくる」 なんて勝手気儘に職場を移ってきたことを思い出しています。