南三陸の仲間へ神戸からエール 「何年でも」と募金箱(1/2ページ)
2011年3月16日14時34分
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http://www.asahicom.jp/national/update/0316/images/OSK201103160031.jpghttp://www.asahicom.jp/images08/common/icn_zoom.gif大正筋商店街に置かれた募金箱と呼びかけ人の伊東正和さん=14日、神戸市長田区、新井義顕撮影
神戸市長田区にある大正筋商店街の歩行者天国の真ん中に、東日本大震災の募金箱がある。「神戸はお世話になりました お買い物された釣銭の一部をご協力願います」。そう書かれた箱が、たくさんの硬貨や紙幣で満たされている。
募金箱は、商店街振興組合の副理事長を務める伊東正和さん(62)が13日に置いた。1995年の阪神大震災で9割の店が焼けた大正筋で店を構えているから、だけではない。被災地に、友がいる。
99年から始まった、全国の商店主らが環境に優しい街づくりのために集まる全国リサイクル商店街サミットで、宮城県志津川町の商店主らと知り合った。2002年は長田、05年は志津川が会場だった。防災も毎回のテーマになり、伊東さんは震災経験と復興の足跡を、志津川の仲間は津波への備えを語ってきた。
志津川町では、至る所に津波の想定波高を示す標識があり、津波避難場所と表示されたビルがあった。志津川の実行委員長だったギフト店主の昆野慶弥さんは「うちは避難訓練を夜中にやる。お年寄りを誰が避難所に連れて行くかまで決めてるんだ」と、誇らしげに津波避難マップを見せてくれたという。
05年、志津川町は合併で「南三陸町」に名を変えた。町民の半数の安否が不明になった町である。
地震直後、彼らなら大丈夫だと思っていた。だが、電話がつながらない。テレビに映し出された南三陸町は、伊東さんが目にした避難ビルも何もかもがなくなっていた。
伊東さんのところには、次々に知人から支援の相談がある。何を送ればいいか。そのたびに「送れる物のリストを作って、欲しいと言われた時にすぐ送れるようにしておいて。今はお金が一番だよ」と諭す。そして、店の前に募金箱を置いた。