先日孫の入学祝い金と雛祭りのお菓子を孫に送りました。
先ほど 「お祝いをくれてありがとう」 と電話が入りました。
直ぐにその年子の妹と電話は変わって
「私にも一年生になる時お祝いをくだちゃい」と云われました。
あぁそうだなぁ、まだ小ちゃな子供だし、
来春なのだからその分も一緒に送ってあげれば良かったなかな
なんて思っています。
五才や六才ではまだまだ細かい理由は分からないのですから、
待遇は一緒にしておけば良かったのにと反省しています。
明日下の孫にも送ってママには来年の分と伝えておくことにします。
まだまだ変な対抗心を持っているチビ達と
そんなチビ達の心が分からぬ爺ちゃんでした。 チビたち、ゴメンね。
陽光

先日の続きです。
時々は美容室へ行ってセットして帰ってくると
母はとても気持ちも顔も若くなった感じである。
幾分か薄くなった髪もフンワリとボリュームのあるようにセットして貰って、
自分でもそれがわかるのであろう。
私が気分転換に床屋へ行くのとあまり変わらない。
母は美容室でしっかりと自分のストレスの発散することも知っている。
じゃ、何故、痴呆が始まって来たとか、
認知症だとか
私が心配して母の傍を離れることが出来ないのか、自分でもわからない。
どうだ、こうだと云う医師も
母の介護認定も行わないし
私から認定申請をすることもないのが現実である。
介護認定が怖いのかもしれない。
それとも私がそんな年老いた母に
今でも甘えて離れることが出来ないのかもしれない。
先日もまた庭先で転んだとか云って
頬と腕に大きな痣を作っていた。
かと言って同居することもままならず、
日が経過して行くだけである。
何時かは覚悟せねばならない時が来ることは分かっているし
理解はしているつもりでもある。そ
れを聞いたり、宣告されるのが怖いのかもしれない。
一方でそんな母を守っていきたい自分と、
状況を説明されるのが怖い自分と、
そして母の傍で甘えていたい自分が三人もいる。
やはり夜の十時過ぎに家に帰り、
パンをかじりながら新聞を読み返したりしていると
どうしても布団に入るのが十二時を廻ってしまう。
先ほど覗いてきた妻は病室で落ち着いて寝たであろうか?
母はどうであろうか? 保証人を早く抜けという兄はどうだろうか?
そんなことが次々と頭に浮かんでは消える。
また今夜も睡眠薬の御世話になるのだろうとと思う。
今はタバコを咥えて朝日の当たる庭先に出るのが楽しい季節です。
どの木もまだ新芽も動いていませんがロウバイの甘い香りと水仙の香、そして土の匂い。
何時の間にか春になってきました。
明日も暖かい穏やかな一日が訪れますように。