フッと気づくと
夜中の二時、炬燵のなかで眠っていました。
慌てて二階の自分のベッドに潜り込んで先ほど起きてきました。
久し振りに十時間ほども眠っていました。
まるで子供みたいです (^o^)
サッカーも勝ちましたね。
雪も積もっています。
今年は気温が低い様でサラサラ雪なので重くもなく幾分か楽をしています。
一昨日の続きです
小学生の子供の頃今と違って遊ぶものもなく、
友達の持つ少年雑誌も買う余裕もなく
共稼ぎの家庭は何時もがらんとしている。
私は良く父の本棚からいろんな本を引っ張り出して読んでいた。
いろんな本があった。
押し入れの中には兄の使わなくなった教科書も有った。
だから精神的にはかなり早熟であったかと思う。
一回読んで全く興味の無い本や
ページを開いてもチンプンカンプンなものもある。
ただ戦記物や中国の歴史を読んで胸を躍らせていた。
そんな中で学徒出陣で散っていった人達の
『聞け、わだつみの声』 を読んでいて彼らの親や兄弟、
そして日本と云う国家に対する一途さに感動し、
中国の歴史書において三国志等に興味はなく、
馬賊と云うものに興味を持って
彼らに関する本は全てひっぱりだして読んでいた。
彼らの生き方に共鳴するものも多々あったと思う。
その頃は多感な時期でもあり、読むもの全てに興味があり、
全てが見知らぬ世界でありそんな世界にあこがれていたものである。
そんな中から下村湖人の 『次郎物語』 の次郎を自分と比較し、
山本有三の 『路傍の石』 の吾一少年を自分の境遇と重ね合わせ
何回も読み返したものである。
そのうちの何冊かは今私の本棚に並んでいる。
一生懸命に生きている母。
我儘であって良いと思う。
好き勝手していれば良いと思う。
威張っていて良いのだと思う。
でもそんな日々の生活や会話の中で
時折感じさせる母親としての愛情を
身体一杯に感じる事が出来て幸せに思っている。
母は今日は天婦羅を食べたいと云う・・・・・・・・
続く
起きてすぐ撒いた食パンの切れはし、
すっかり無くなっていました。
バナナの皮も切って撒いたのに此方は人気が無いようです。
ミカンのあの固い皮すら食べつくしたのに少し不思議な気もします。
今日も一日良い日でありますように