末娘のこと。
展示会に咲く草ボケ
展示会に咲く草ボケふた昔ほど前のこんな季節、保育所の御迎えの時間に少し遅くなってしまって保育所に行くと寒い玄関ホールにペタンと座って三人ほどの保育児が迎えを待っていました。
黄色の毛糸の帽子と黄色のコートが可愛かった頃の話。
(ひよこさんと呼んでいました)
そんな姿をみると同居していて母や父が迎えに行ってくれる兄の息子を羨ましく思っていた事もありました。
こまい頃から良く喋り、良く絵本を読む子供でした。
「わたし、おとうさんのじどうしゃのばんごうおぼえてるよ」
「そうか、じゃ云ってごらん」
「うん、○○○○や」
「凄いなぁ」 「では、お家はどこですか」
「○まち○○○ でんわばんごうは○○・・・・」
この子は記憶力が凄いな、私に似て?頭が良くて天才かも・・・・、
日曜日もパートの仕事があった妻に代わって何時も休日は一緒に遊んでいました。
四歳の頃、その日は仕事があって事務所へこの娘を連れて出ました。
やがて子供は退屈し始め
「こうえんへいってあそんでくる・・・」
事務所の前の道二百メートルほどまっすぐ行ったところに公園がありました。
公園の傍まで送って
「ほら公園、公園から出たら駄目だぞ。帰りはまっすぐ来たら此処にお父さんいるから」
「うん」
ハンカチとおやつが入った小さなバスケットもって走り出しました。
事務所でやがて一時間半、 『遅いなぁアッあの公園には三か所も出入り口があって出口を間違えたら大変だった・・・』 慌てて走りだしました。
オーイ、オーイ。
いたいた、滑り台で一人で遊んでいました。
「お父さんな、出入り口が分からなくなって泣いているかと思った」
「あのね、はいりくちにしるししてあるよ」
「どんな印してあるん?」
「ほら、ここにこんないしをおいてあるの」
公園の出入り口の門柱の脇に握りこぶし位の石が隠して有りました。
間違い無く、この子は天才だぁ。
何時も連れていたので古くからの友人は皆なこの子を知っています。
事務所の机にチョコンと座ってお菓子食べて様子を覚えていてくれています。
その子供が一年生になった時自転車を買ってあげました。
まだ後ろに補助輪が付いていました。ある日家に帰ると妻が
「お父さん、今日この子海浜公園へ○男ちゃん連れて自転車で行って来たんだよ」
「エッ、あんな遠い所まで」
その公園までやがて四キロほど有るでしょうか、何回かは自動車で家族で遊びに行ったり子供と児童プールへも行ったことがありますが結構あちらこちら曲がったり二股や三叉路にも分かれている道なのです。
「良く迷子にならずに行けたし、帰って来れたねぇ」
なんて子供に話しかけると
「みちのまがるところにいしをおいていったからまいごになるはずないよ~」
うーん、絶対この子は天才だ!!
「自動車一杯走っていたやろ」
「うん、ドキドキした」
「危ないから今度から子供同士で行ったら駄目だぞ」
「は~い」
そんな子供も小学校へ入り、中学校へ上がり やがて
「お父さん、何処の高校が良いと思う?」
「よしっ、今から学校を見に行くか」
「うん」
「此処は一寸遠いかなぁ、此処はお前では無理だろうし・・・ここはバスの便が悪いし・・・此処なら学校も綺麗だし、ここでどうや」
「それなら此処にしようか」 なんて長閑な子供だったのでしょうか。
そんな高等学校へ三年、殆どの日に遅刻し、遅刻せずに学校へ着いていたのは一学期に十日余り、と云うことは一年間に三十日か。
「お父さん、時間ないし送ってや」
「又かぁ」 自動車で登校となると慌てません。
通りかかったコンビニのまえで 「お握り買っていくし一寸止まって」
はい、自動車で送っても遅刻でした。
子供いわく
「遅刻しないで教室へ入ると皆な拍手して呉れるのや」 とか。
長閑と云うか、のんびりとしているのか、他人のこと我関せずって感じで天才から大物になってマイペース。
クラブにも属せず、授業が終わっても何処にも寄らずまっすぐ帰る 『帰宅クラブ』 暇さえあれば寝ている 『昼寝クラブ』 どちらかの課外クラブにでも属していたのでしょうか。
友達が遊びに来て自分の部屋で遊んでいても自分は部屋の壁に寄り掛かって本を読んでいる子供でした。
天才かと思って期待した子供もやっぱり成長すると凡人になってしまいました。
それが大学で好きな人が出来ると・・・・もう凡人を通り越して・・・変人。
恋は盲目、多分私の思うには初恋?始めて一対一で付き合った青年でしょう。
初恋らしきものが実って良かった良かった。
今は二人で多額の住宅ローンを背負ってお仕事を頑張っているのでしょう。
まあ女性は天才でなくて平凡な人生が一番だと思っていますが。