時々日が射して穏やかな土曜日でした。
そして妻は今のこんな時間はベッドで小さな鼾をかいて寝ています。
最近の妻は私が二階の寝室へあがるとベッドから出て台所で何かしているようです。
妻のこの両極性障害と云う病は冬が過ぎて
春が近い頃が一番神経の振幅の幅が大きくなる季節でもあります。
最近は二人でスーパーへ行くこともせず
買い物は一人でレジ袋を下げて行っています。
何か自分に自信がなさそう・・・・
昨日の続きです。
別れを惜しんで、手を振りながら京都を出る。
「楽しかったかい?」
「うん、又連れてきてね」
「今度はおまえと妹と三人で温泉へ行こうか」
「元気でしっかりしていないと温泉へ行けんぞ」
時々はまとも、時々はちんぷんかんぷん、そんな話をしながら・・・・
そして時々は助手席でウツラウツラ寝て四時間、
高速を出て暫く・・・・・
「オシッコがしたい・・・・」
「ちょ、一寸・・・・」
界隈の交番へ飛び込んで何とか間に合った。
プライドもあるだろうし、まさか息子から 『紙パンツの中にして』 なんて云えない。
家へ帰り、
又そんな日々が続く。
「私の年金は何処に貰いに行ったらいいの?」
「私の年金を兄が何処かに持って行っているみたいよ」
「寂しいから、すぐに来て」
「後で寄ってね」
毎日が大変である。朝、昼、晩、食事の用意と電話の相手。
確かに時々は兄は食事を届けている。
けれども鶏や雀に餌を与えているのとは違うと思う。
座椅子に座ったままの母の前に立ったままで
「めし・・・」と云ってポンと並べるだけで自分が寂しくはないのだろうか。
たとえば犬にでも食事を与える時は犬の名前を呼んで、
一声かけて頭の一つも撫でるじゃないですか。
そうすることで犬でも猫でも懐きもするし、体も摺り寄せてきます。
だって自分の子供を育てる時もそうでしょう。
必ず声をかけながら食事をさせ、躾をしたり教育をしてきている筈です。
その日の事を子供から聞いて、親がそれを笑いながら聞いている。
一番心が和む筈の時間なのです。
だから立場が逆に一寸違っても 年寄りも全て一緒だと思うのですが・・・・・
続く
明日の御天気はどうなのでしょうか?
毎日のお天気が気になります。
そして妻の状態も
明日も穏やかな一日で有りますように・・・