時折日が射す週末。
今日も何人かの人と会って仕事の切りをつけると云うより
もう来年への足がかりです。
晩飯を終えて子供の処へ小包を送り、
百円ショップで嫁さんから頼まれたモノを買ってきた積もりなのですが・・・・
何か間違えたようです。
昔だったら「しっかり説明しないオマエが悪い」となるところですが
「明日取り替えて来るから・・・・」で納めて
表現も人間も凄く丸くなりました(^o^)
昨日の続きです
私は母の実印も銀行印も通帳も預かっている。
年金の出る月には
引き落としの口座へこれを移して、別勘定にしてしまう。
理解できても出来なくてもその度に
通帳を開いて見せて、まだこれだけあるからと報告している。
これは通帳を預かっている者の責任でもある。
何故に同じ父と同じ母の子として生まれ
同じような育てられ方をされた者同士、生み育てたその親子が
こんなことでいがみ合うのだろう。
生きる目的も忘れ、生きる希望を無くして、
生き方に迷っている母に対して 何事も一緒に考え、
一緒に笑って悩んであげればそれでいいのである。
ようやく母が落ち着いてベッドに入るのを確認して時計を見るともう二時を回っている。
本当に疲れた。
そんな遅い時間帯の人通りの少なくなった繁華街を通り抜け、又寒くて暗い自宅へと戻る。
晩飯を食べ損ねたと思いながらも
慌てて自分の冷たいベッドへと潜り込む。
ただ一つ思うことは母親の面倒をすら見れないものが会社の管理職??
下の人も可哀そうでもある。
人の上に立つと云うことは応援を求めたりは出来ないのである。
中小企業の経営者は孤独であり、
全てを自分で判断して解決できねば勤まらないと思っている。
出来ぬ事を他人の所為にしたり泣き言も云えず
即断を求められることも多々ある中で、
常に前を見て、社員に夢を与えてゆかねばならないのである。
こんなささやかなことで自分の母を怒鳴り、
雪降る夜に外へ追い出すごとくの振る舞いでは
自分では次期社長と思っているらしいが・・・
『清濁併せ飲む』 の例えのように良い時も悪い時もどんと腰を構えていなくては・・・・
でも私にとっては兄が社長になれる、なれないは全くの他人ごと、
もう寝よう。
そんな中を一日、一日と日は過ぎてゆく。
陽溜まりの中での会話
(下着は気にしないで下さいね、こんな生活も良いかなと思いますね)
母も相変わらずの毎日であり
かと云っても特別の病気でもない。
単なる老人性のものであり、
こんなことを一つ一つ気にしていたら私自身の体も精神も持つ筈がない。
明日のこと、母の将来のことすら考える余裕もないのが現実である。
特別母が急に惚けてきた訳でなく少し物忘れが激しくなってきただけ。
多少体が、頭が自分の思うように動かないだけなのである。
何も恥ずかしいことでなく みなが順番になっていくのである。
ただ診療所の医師が云う
「精神病院にでも入れなさい。老人施設だと問題を起こすから・・・」
との言葉が気にはかかる。
私の方も相変わらず泣いたり笑ったり、慰めたり・・・・。
時々は慰められたり、おだてられたりの毎日の生活。
ただ朝早くからの電話にだけは参る。
続く
もう金曜日ですね。
仕事は来週で殆ど終わりさてどんな新しい年になるのか気にもなります。
慌ただしい年末の中の土曜、日曜日です。
ゆっくりくつろげる穏やかな週末でありますように