昨晩書いていた手帳の整理は何とか終えました。
先ほどから嫁さんの御機嫌がかなり悪くなっています。
夕食を終えて、
少し目立ってきた白髪を久し振りに染めてあげたまでは良かったのですが。
睡眠は充分な筈ですし
薬も定時毎に飲んでる筈ですし。。。。
この両極性障害と云う病は何時まで時間がかかるのでしょう。長いですねぇ
言葉も刺激させないように充分気を使っている筈なのですが
何処かにストレスが溜まっていたのかもしれません。
ここ二回ほどはスーパーにも一緒に行かないし、
今晩の買い物も明日にしようか?と云っただけで
こんなことになりました。
さて、どうして落ち着かせようかと思っています。
今晩ぐっすり眠って明日は落ち着いていて呉れると良いのですが・・・
昨日からの続きです
何を母から云われたか知らぬが
この冷たい氷雨の降る夜の十一時近く、
杖をついてしか歩けぬ自分の母親を独りで歩いて帰すと云う行為を
独りで外へ放り出すと云う行為を
兄弟でありながら、いや、兄弟であるからこそ許せない。
能登の伯父さんのお通夜、御葬式の時も
自分ら夫婦、家族は現地に泊って
私に母親を乗せて片道三時間を二日間も走らせ、
まして今夜は自分たちで解決できなくなって私を呼んだのではないか。
そして私が走ってくる事を知っていて
母親を氷雨ふる寒空に放り出して、
玄関の鍵をかけて、
外灯も、玄関の灯りまで消していると云うこと。
これが男のすること、長男の為すことなのかと思う。
自分を育てて呉れた親を
この寒い雪の夜に外へ追い出すのか、人間の為すことなのか
まして
兄弟の中で子供の時から長男と云うことだけで一番手をかけて貰い、
逆に兄弟の中で一番手のかかった男のする事であろうか。
親子で揉めた事は別である。
母が自分でどうすれば良いのか分からない生き方を、
何をしても拒絶されることの多い生き方を
実の息子である人間がその生き方さえ認めないのですか。
「車で送ってやらなかったのか」
「自分で歩いて帰った」
「追い出したのか」
「自分で帰っていった」
「なんで私が来るまで待たせなかったのか」
「・・・・・自分で帰った」
もう良い、兄はその母親の生き方さえ否定している。
遠からず等しくやってくる 「老い、孤独」 と云うことすら
理解しない人間には話すことさえ無駄である。
今少し前なら殴り合いの喧嘩になっていたであろう。
何番目の息子でも良い、そんな人間が先日の正月、
『実の息子の仮面』 を被って重箱に入れたおせちを運ぶより、
暖かい言葉と、暫くでも傍にいてあげてるいうことが母がずっと喜んでくれると云うことを分からないのであろうか。
もし分かっていたならこんなことでなくても何でもしてあげる事が出来る筈です。
部屋もストーブでいくらか温まり、ベッドの天気毛布も温まってきたようである。
オイオイ声を出して泣いていた母親も鼻水を啜るようにもなってきた。
炬燵の中で少し温めていたパジャマもまだ着るような気持ちまでいっていない
まだベッドからは妻の寝息も聞こえてきません。
ヒョットしたら眼を開いて何か考え事をしているのかもしれません。
ぐっすり眠って明日は幸せな気持ちで起きて来ることが出来ますように。
明日も雨模様です。見にくくなりますが皆落ち着いて車のハンドルを握りましょう
明日も良い一日でありますように