孫から貰った軽音楽の招待券を持って
午後久し振りに音楽とやらを聞きに行ってきました。
『お里ジイチャン、汚い』 と云われぬように
朝は銭湯へ行って身ぎれいにして・・・
 
始めの方に中学生の選抜とかで
一生懸命に 『クラリネット』 を吹いていました。
お~、皆の中で 『一番のベッピンさん』 
 
いつの間にか親馬鹿から爺馬鹿になっていました。
 
 
昨日の続きです
 
元日から大きく傷ついた私の心。
 
傷ついたと云うより 
このことに対して、
こんなことをした人間を今でも信じられません。
 
でも子供と一緒だから私は顔に出すことも出来ず、
大晦日に私が作ったものは皆なゴミ箱に捨てました。
 
誰がしたのかはわかっている。
 
でも今は妻が居ないから
妻が入院中だから これ以上のことはできないのです。
 
でも誰にも相談出来なくて
見かけだけでなく、母の食べやすいもの、
好きなものを作ったり買って来て並べた筈です。
 
茶棚にしまっておいた 『羊羹』 を切って
持ってきた 『モチ』 を幾つか焼いて食べて
子供と私と母の正月の朝は終わった。
 
見かけだけなら何でも出来ると思う。
 
これらを私が作ったものと承知の上で
こんな事をした人間を許せる筈はない。
神様も許すはずがないと思う。
 
結局はこの誰かが持ってきたおせち料理も母は一つ二つ箸をつけただけ。
 
もしも・・・・心込めて その夫婦が持ってきたとしたら・・・・。・
夫婦そろって年賀のあいさつと
正月くらい一緒に食べてあげて、
一緒にテレビを見て時間を過ごして欲しかった。
 
 
だって年寄りが一人で食べられるものは
おせち料理には少ないと思うのです。
形だけの料理、形だけの見せかけの愛情なんて誰も要らないのです。
私だってそんなものは要りません。
正月だからっておせちにこだわる必要はないと思います。
 
八十歳も半ばになると
食べられる量にしてもたかがしれている
形だけ、体裁だけのものは必要ないと思う。
 
だったら喜びそうな
好きなものを綺麗に飾ってあげた方がずっと喜ぶはずである。
 
だから次の日も 「お握り、買って来て・・・」 の電話が入るのである
                                            続く
 
 
又一週間が始まります。
新しい一週間も穏やかな、そして素晴らしい一週間でありますように
年末です、車と風には注意して過ごしましょう。