日替わりの天気です。
確か今日は遠い孫の誕生日の筈。
今頃は小さなローソクを五本立てて
「ハッピイ・バスディ」 の歌を歌っていることでしょう。
小さな彼女らに幸せな日が続きますように。
そして
我が家の少し年老いた 『眠り姫』 も楽しい夢が見れますように・・・
昨日の続きです
そして大晦日の午後
子供と入院中の妻の所にも顔を出し、
混み合うスーパーでの買い物を済ませ母の家へと廻る。
正月のおせち料理なんて作れないから
買い揃えたものを皿に並び変えたり、
一寸花を添えたりして少しはお正月らしい盛りつけにしてみる。
正月用の花も 花瓶に生け変えてて下駄箱や
父の入っている仏壇等にも飾り終える。
日頃は殆どしゃべらない娘だけれど
今日は茶の間の炬燵の中で母と話をしている。
晦日らしい和やかな風景である。
子供の本当の気持ちは分からないけれど
それなりに相槌を打っているようである。
母は半年ぶりにゆっくりと見る孫娘に
「彼氏は出来たか?」 なんてからかったり、
小遣いまでやって喜んでいる。
そんな からかいの言葉にはチラッと私を上目でみる娘は
もう年頃なんだとの実感もある。
そして母の夕食の終わるのを確認しての帰宅であるが
当然のように家には何もない。
ファミレスで好きなものを何点か注文させ
私はそれを見ているだけのようなものである。
年が明けて
娘とばあちゃんの家で一緒に食べようと
妻の入院先に寄って形だけの 『お年玉』 を渡し、
母の処へ三人での食事と年賀に向かう。
ところがである。
昨日あんなに一生懸命に盛り付けて
台所のテーブルに置いていった筈の料理が一つもない。
代わりに茶の間の食卓に重箱に入ったものが とり皿と並んでいる。
そして私が小分けして元旦用に並べていたものは
二つほどの皿に入れられて冷蔵庫の中にある。
何か、何も云う気力もない。おせち料理って
元々保存食の様なもので老人の食べられぬものが一杯あるのだ。
数だけ並んでいれば良いってものではないと思う。
あんなに紅白やらの三種類のかまぼこを切って
綺麗に並べた蒲鉾も、
私が焦がさぬように一生懸命焼いた焼いた玉子焼きも、
母の好きな甘エビの刺身も・・・・。
確かに私のはおせち料理ではないかもしれない。
けれど・・・でもお正月料理のつもりである。
それならせめて自分の持ってきた料理と並べておいて欲しかった。
贅沢ですか?
私の我ままですか?
私が間違っていますか?
元旦から私の心は大きく傷つきました・・・・・
続く
明日は日曜日、今更曜日には余り関係ありませんが久し振りに
スポーツジムへでも行って来るつもりです。
明日も穏やかな一日でありますように