毎日日替わりのお天気ですね。
暖かい一日ワイシャツにジャンパーだけで過ごしてしまいました。
昨日から気になっていた資料データも整理せず
好天の中何をしていたのでしょうね。
 
雨が降れば気が向かず、天気が良ければこれもまた気乗りせず・・・
集中心が薄れて来ています。
 
明日は色々予定が入っていますので考えることなく仕事に集中できます。
頑張ります。
 
晩秋の兼六園     (支柱が邪魔でしたね)
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昨日の続きです
 
 
今でも暑い中をそんな孫の手を引いて、歩く母の姿が目に浮かぶ。
 
中学、高校時代まであんなに何にでも反抗して、我儘を一杯云って・・・叱られ、怒られて叩かれる度に横道を歩こうかと思っていた自分が情けなく思ってしまう。
 
『私たち兄弟はこうして育ってきたのだなぁ』 と云う思い。
陰になり日向になりながらこんなにしっかり親に守られてきたのではないのかと云う思いもある。
 
からそんな姿を見て兄貴、自分の我儘から東京での浪人時代から学生時代の生活、そして卒業と同時の入院生活にかけた親の苦労を考えれば、余命いくばくもない年寄りに暖かい声をかけてあげることが出来ないのだろうか ?
簡単なことではないのかとも思う。
 
邪魔くさい、面倒臭いのは皆な全て同じである。
 
そんな中で今、私が自分で出来ることは僅かに一日に何回かの顔出しであり、暫くの話し相手になってあげることだけである。
ばあちゃんの話を否定することでなく、自分の思う通りにさせるのでなく、せめて御飯の支度をしてあげて、食べ終わるまで傍についててあげることだけである。
 
兄貴、『誰か変わって呉れますか??』 と素直に思う。
 
まだ風呂には一人で入れる。
 
時間がかかっても着替えも出来る。
 
トイレも一人で行ける。        
 
     ・・・・・・・・・それでこの先どうなるのですか?
 
 
介護保険によるヘルパーさんの派遣?適用外なのです。
 
往診を頼んだり、診て頂いている診療所の医者が私の質問に対して、玄関で云った言葉
  「精神病棟にでも入れなさい。あなたの母親はプライドも高いし、協調性もない。  普通の老人病棟だと問題になるから・・・」
 
でもね、先生、それだったらばあちゃんの人格の尊厳、生きている意味も何もないじゃないですか。
 
私の母親をそんなところへ入れる訳にはいきません。
誰が何と言っても私が面倒みます。
 
   《ねぇ、ばあちゃん。お医者さんが何を云おうと安心して家にいて、好きな
   ことを云っていればいいんだよ。
   家のものは庭の花も皆な、ばあちゃんのもの。
   誰が何と言ってもばあちゃん、あなたを守ってあげる。
   だから毎日好きなようにして楽しく暮らしていてください。
   そして自由に笑って、泣きたいときには泣いて、怒りたいときには起これば
   良いのです。
   幾らでも一緒に笑って、泣いて、怒ってあげます。どんなことがあってもあな
   たを守っていきます。
   安心して寄り掛かって、甘えていてください》
                                             続く
 
 
ご来訪下さった皆様に明日も素晴らしい一日でありますすように