何か昨日中途半端な気持ちのままで事務所にいたら
今日も中途半端な一日で終わってしまいました。
「おとうさん、ゴミ捨てておいて」とのベッドからの指示を頂いて、
外へ出たついでに寒風の中庭先の落ち葉拾いを始めました。
庭ではもう「ロウバイ」には蕾が一杯ついていたり、「南天」の実を食べに野鳥が来たりするのを眺め、
何だかんだと家の中から出たり入ったり・・・・
結局は近所へお茶をしに一寸出ただけで
取り留めもない一日を終えてしまいました。
データの整理もしたかったのですが『勤労感謝』と云う事で明日頑張ります。
前日の続きです。
兄が考える様に
母の全てを自分の支配下に置いて、
自分の思う通りに母がなると思っているのが間違いだと思うのです。
何も考えることなく 先に自分の頭が心が動いてしまうものなのです。
あなたが考える様に何も算盤をはじいたり、
損得を考える必要もないのです。
自分を犠牲になんて考えることも一つもないのです。
ただ最近思うのは自分が出来ることを頑張って、
ただ自分の我を通さねばそれで良いのだと云う事です。
何でもさせてあげれば良いのじゃないのですか。
あれは兄夫婦が両親と同居していた頃、
兄たちの子供が保育所に通っていた頃である。
兄たちが仕事で遅くなりそうな時は、母が急いでパスを乗り継いで孫を迎えに行く。
そして孫の手を引いて二〇分程歩いて帰宅する母。
四歳を過ぎて途中から近所の保育所に移ってから
偶々入院先から帰っていた父が歩いて迎えに行く。
父は僅か数百メートルの距離でありながら、
吸痰の為に切開した喉をヒュウヒュウ云わせながら
孫を連れて帰って来たものである。
そんな姿を見たとき正直に同居している長男達が羨ましかった。
私たちはどんな事があっても妻か私が子供を閉園時までに
迎えに行かなければならない。
幼児が固い板の間の保育所の玄関ホールに座って待っているのを考えると
子供を迎えに行く時間はどうしても守らねばならない。
それは人に甘える事の出来ない
子の親としての務めでもあったと思う。
親と同居の内孫が心底羨ましかった事もある。
その頃のある夏、
私が仕事で市内を走っていてあるガード下を通りかかった時、
母の後姿を見かけた。
保険外交員である母は保険の書類の一杯入ったカバンを下げて、
もう片方の手は兄の子供の手を引いている母の姿。
肘にかけたカバンの重みで日傘が大きく傾いている。
もう二十年も前のことであろうか?
とするとこの時母はもう六十歳も過ぎていた計算になる。
父の入院中の時である。
母はそれでも流れる汗を拭く手もなく、
孫の手をしっかり握って頼りない足取りで日向を歩いていた。
その姿は、私の子供ではないけれど
手をひかれた子供の姿と一生忘れない母の姿である。
続く
ご来訪頂いた皆様に明日も素晴らしい一日でありますように