秋空の穏やかな土曜日でしたね。
 
今朝 “草友さん” が自家製のカキ餅と天然の山芋を届けてくれました。
玄関先や車庫周囲の草花を眺めて褒めたり、
けなしたり・・・まぁ毎度のことですが。
近所でお茶して、一時間。
 
学生時代の飲み友達から庭を見て欲しいと午後から一時間。
 
久し振りに夕方頂き物の山芋の始末で台所に立ってみました。
トロロ汁だけでなく、細いところを刻んで甘辛く煮込んでみました。
嫁さんも美味しいと食べて呉れてホッとしています。
 
お天気同様穏やかな一日をおくれたかナと思っています。
 
 
 
 
 
 
 前日の続きです
 
 
兄貴よ、
病室に母を見舞う時は手ぶらでよいけれど
せめて椅子に座って暫くでも話をしてくれれば
母も和み心落ち着くとも思うのだけどな。
 
母の病室から数歩離れた病室にいるのだから
例え兄弟でなくても知り合いであれば
顔を出すのが人の道だとも思う。
 
見舞いの言葉は要らないけれど
  「暫く、オフクロを頼むな」 
の一言で人間関係はスムースに廻るのであろうし
私の心も安らぐのでもある。
 
そして彼らが帰ったあと母が愚痴を云いにくる。
 
 「今日はこんなことを云って帰った」
 「嫁さんは廊下からこんな事を云っていた」
 
一緒にいた訳でなく、
別に聞き耳をたてていた訳でもないから
何も分からないけれど、
ばあちゃん・・・・・・・それはあんたの方が怪しいよ。
だって相手は廊下でしゃべっているのだしあんたは耳が遠いのだもの・・・・・
 
 
 
そして、二人で退院。
 
もう秋風が吹き始めていた。
 
庭先には
入院前に植えた茄子がまだ可愛らしい薄紫の花をつけていて、
その葉蔭には幾つかの茄子がぶら下がっている。
時々は病院から事務所へ通う途中水をかけたり、
肥料をやっていたおかげかもしれない・・・・・・・・
 
  「ばあちゃん、焼き茄子でもしようか」
 
  「うん、うまそうだね」
 
二、三本鋏で切ってガスに金網をかける。
暫くするとジュッと中から茄子の汁がこぼれてくる。
ある程度柔らかくなって、
指先にやけどをしながら皮をむいて幾つか小さめに切って皿に並べる。
  『あっ、生姜も・・・』  とは思ったけれど
夏の暑さで生姜は干からびていた。
醤油をかけて・・・・・
 
ついでに母が作っていた様に 
茄子をサイコロみたいに切って
フライパンに油と味噌とで味付けして簡単に炒めてみる。
 
  「ばあちゃん、出来たよ。熱いから気をつけないと」
  
  「ほんとに熱いね。でも美味しいよ。
  おまえにこんなことして貰ったらお母ちゃん、涙が出てくるよ」
 
 
退院しての帰り道、
まだ入院中の妻のところへ退院の報告の為に寄ってみる。
受付から病棟へはエレベーターに乗って
二つの鍵を開けて貰う。
でも開放病棟であるから
自由に歩くことも出来るのがいくらか余裕を持つことができる。
  
  「おかあさん、ただいまぁ」
  「私も早く退院したいなぁ」
 
そう云う顔にもまだ表情がない。
 
しかし
来院するたび思うことは
何と妻と殆ど同じ症状を持った人間が多いのだろう。
妻の様子を見に来るたびに感心し、驚くことである。
老いも若きも、男も女も・・・・・
何と社会は考えることが多いのであろうとも思う。
 
自由にそして一生懸命に働いていた父や母の時代と異なる
社会構造になってきているようにも思うし、
人の心も傷つきやすくなっているのでもあろう。
 
煙草の煙とヤニでどうしょうもなく臭い喫煙室で
一服していても特別の会話もない。
  
  「じゃ帰るね」
  「うん」
  「また来るわ」
 
 
そして夜、
母も、妻も、私も其々違う場所で、違うペットに潜り込むのである。
 
                                              続く