早朝の戸を一杯に広げた縁側で凛とした空気に触れるのが好きです。
頑張ろうと云う思いと、緊張感が体一杯に広がります。
 
昼過ぎ兼六園の傍を走ると紅葉まっ盛り、今度の土日が楽しみです。
晴れると良いなぁ
 
 
前日の続きです
 
ウツとソウの繰り返し・・・両極性障害とか云う病名で、落ち込んだりもう神経が極限に近いほど張り詰めている妻の姿は 時々怖く、時々は抱きしめたいほど愛おしくもある。
 
そんな妻の父親も温泉場の旅館の主人には似合わぬ人であった。
 
感情は表に出さず実直まじめであった義父は自分の子供や孫を見て何時もニコニコと笑っている人でもあった。
だから特別の商売っ気も無く、酒を飲むこともなく、特別な話し相手もなく、友人らしき人も知るところでは居ず、旅館に遊びに行ったときは夜中の2時頃まで義父の人生論と宗教論を話あったものであり、そんな話が長引いては義母に注意もされていた。
 
旅館の運転資金の借り入れの為の保証人としての印鑑をとりに何回も駅まで来ていたものであるが不況の為もあり、傍ら旅館の売却を急いだが中々進むことも無かった時代である。
今少し売却の決断が早く出来ていれば晩節まで金銭の心配もすることも無く、好きな人生論、宗教学を菩提寺のお寺の住職と議論できたであろう。
 
そんな優しかった義父も亡くなって10年。
 
そして妻の母も2年前に 『蜘蛛膜下出血』 で僅か一晩で亡くなってしまった。
綺麗好きで曲がったことの大嫌いな義母らしい亡くなり方であったと思う。
 
   【初夏らしい爽やかな日々が続いております。
   皆様方もお過ごしのこととお慶び申し上げます。7月11日私ども姉妹で
   無事亡き母の一周忌の法要を終え、納骨も済ませることが出来ました。
   これも偏にみな様方のご支援の賜物と感謝しております。
   考えてみますれば何事においても潔癖症の母らしい最後であったかと思
   いますが、私ども姉妹にすればせめて看病の真似事くらいはさせて欲しか
   った、そんな思いでございます。
 
   そんな中で旅館業を離れ庭先で、そして向かいの公園で好きな花いじりを
   楽しんでいた、そんな老後を暫くでも送らせてあげることが出来たことが親
   孝行の真似事が出来たのかな、そう思っている次第でございます。
   私どもの行く末を案じ、一人ひとりと飛び立つ孫たちの成長に目を細めてい
   た母の早すぎた死去に父の死去と異なった寂しさを感じていた1年ではあり
   ましたが  ・・・・   】
 
一周忌を終え、妻の親戚等に出した挨拶状である。
 
これで妻も帰る家もなく、4人姉妹の頭として何事も相談相手にならねばならぬ立場にもなってしまったのである。
 
旅館業を離れた義母は良く私の家にも遊びにも来てくれ、妻の体調の悪い時、辛い時にも手伝いに来ていただいた。
 
旅館業の女将を務めながら4人の娘を生んで12人の孫をみて、義母は幸せだったのかどうかはわからない。
そのうちに一回聞いてみたいと云う思いはあったのだが・・・・
 
その中でやはり1番心配をし、面倒をかけてきたのが長女である私の妻であることは間違いないだろう。
と云っても妻にその責が有るわけでもなく、それは結果的に人の生き方の流れであり義父も義母も全く口にもしなかった。
                                              続く