日替わりのお天気です。
ですから山も紅葉の美しいところと、少し標高が高くなると殆ど葉っぱが無かったり。
1日、1日と冬が近づいて来ています
 
 
 お年寄りは急に環境が変わると
一時的におかしくなることがあるとは聞いている。
 
環境の変化に頭も心もついていけずに
パニック状態になるらしいのである。
そうならぬように私も私も一緒に入院して、
朝に昼に夕方に 
おまけに消灯時にまで顔を見て話をして生活をしているのだから
大丈夫だろうとは思う。
 
ただ 
  「昨夜は一睡も出来なかった」 
とか時々愚痴るけれどそんな言葉は仕方のないことでもある。
 
 
そして
  「おまえ、嫁さんの入院なんかでお金が無いのだろうから私が出してあげる」
なんて余計な心配をしてくれている。
 
  「ばあちゃん、今日は下の鍼灸へ行ったら足も楽になるよ」 と云うと
嬉しそうな顔をしていそいそと出かけていく。
 
夕方病室をのぞくと
すっかり楽になったらしくベッドの上で新聞を広げている。
眼鏡は手の脂や汚れで半分ほどは曇っているのではあるけれども。
 
時々は
冷房の利いた部屋で昼寝をしたり
 自分の下着を洗濯したり、
私が声をかけると鍼灸へ行ってみたり
母は母で幾分か入院を楽しんでいるのかもしれない。
 
その老人のパニック症候が無いだけ喜ばねばならないと思う。
 
だから昼寝をするから夜が眠れないのだとか
 「一睡も出来ない」 
と云う言葉を否定するのは簡単ではあるが
10年以上も独り寂しく、
独り気儘に生きてきたのだから
そんな否定の言葉は出る筈も無く
常に母の傍で遊んでいるようなものである。
 
  「ばあちゃん、下で珈琲でも飲んでこようか」 
 
階下の喫茶コーナーへ誘うと
もう大きなバッグをぶら下げ腕につかまってくる。
  「また一緒だねぇ」 
なんて喫茶コーナーの娘に冷やかされてもばあちゃんは超ご機嫌である。
特別の話題もある筈もなく、
冷たい飲み物を二口程飲んで、女性週刊誌をパラパラとめくって
  「部屋へ帰ろうか」
久し振りに院内でゆっくりしようかと思ってもそうもいかない。
 
  「オシッコどれだけ出ている?」
  「体ダルクないか?」
 
昔、看護婦であった母は
私の病気に関しては妻より症状に詳しく
自分のことより
私の病気の為に一緒に入院しているような思いもあるのかもしれないとも思う。
多分頭の中ではそう思っているのだろう。
                                             続く