今日は久し振りに少し太陽も覗き、風もない穏やかな1日でした。
 
1カ月程前から植替えを始めた100鉢を超える雪割草の鉢も、
今年挿し木した数本の紫陽花も土曜日には肥料を与えて、暫くの冬眠に入ります。
猫の額より狭くノミの額ほどの庭はもう鉢の置場もないようになっています。
長い冬を迎えて軒下へ移動する鉢もあります。
 
そんなこんなで土曜日は1日終わってしまうのでしょうね
 
 
                     
 病院の中、
そして私が何時も母の傍にいると云っては、
母が何時も私の傍を離れな
 と看護師さんに冷やかされている。
 
そしてその度に母は
 
 「私の自慢の息子よ。ずっと私と生活していたから、腐れ縁で入院まで一緒にして  いるの」
 
と云っては看護師たちを笑わせていた。
 
 
片足を引きずりながらでも
胸を張って自分のパンツを洗濯して、
中庭までも乾しに
っていたのに10日程経った日、ある看護師さんが
  
  「何か最近、お母さんの様子が変だよ、昨夜も宿直の看護師と何か揉めていた
       みたい・・・・・・」  
                                        《ばあちやん、どうなったの?どうしたの?》
 
と思いながらも、又そうは云われたけれど
左程のこととは思わずに食欲の進まぬ母の為に
病院の近所のスーパーから母の好物を買ってきたりして、
少しでも早く夏の 疲れがとれるように考えていた。
 
 
 
病院ではいろんな人との出会いがある。
 
リュウマチで足も腰も、手先まで曲がってしまった人、
それでも車椅子から立って1歩でも歩こうと頑張っている。
 
90歳を過ぎて仏さんになったようなお婆ちゃんを
毎日朝から夕方までつきっきりで
 車椅子に乗せて看護している親戚の小母さん。
 
角を曲がると其処は老人病棟みたい。
オシッコも大便をも垂れ流しにしていても誰も見舞いに来てくれぬ人。
 
昼間はボーとしていても
夜になると廊下へ出て 
「おかあさーん、おかあさーん」 と大きな声で
娘か息子のお嫁さんを呼んでいるお婆さん。
 
不思議なことに 『 オトウサン』  と云う言葉はない。
 
ガンで手術した人なんて3週間程度で退院していく。
 
 
 
だけど
入院しているお年寄りは皆な不幸を背負っていて可哀想。
 老いての病は殆ど治るはずもないし
、心に受けた傷はずっと残っていて其の儘なのです。
 
治らなくてもまだ時折でも見舞いに来て貰える人はずぅ~と幸せ。
 見舞いにすら来て貰えない人もたくさんいる。
 
存在を忘れられたお年寄りは皆な可哀想・・・・・
 
 
 
そんな中を看護師さんの笑顔がすごく嬉しい。
 元気な明るい笑顔が美しいと思う。
 
母はどうなるのだろうと思う日々、
確かに薬を貰っていないとか一寸外れた事を言い
 出すようになってきた。
 
それでも 
 「おはよう」
 「お帰り」 と傍に来て、自分で自分のパンツを洗っているの
 だから・・・・・・まぁ、良いかとも思う。
                                             続く