そして妻のこと
妻は今、五十五歳。更年期障害からの鬱病とかでここ二、三年の間、入院退院を繰り返している。そして今また入院中である。
病気のこと、入院のことは母も、私の兄弟も知らない。
知らせてもどうしようもなく また変に同情されたりしたら私の心は それこそ粉々に散ってしまいそうでもある。
今から七、八年も昔のことであったろうか、暑い、暑いと云い冬でもTシャツ一枚になり、おまけに団扇でバタバタあおいでいる。私自身それほど気にはしなかったが妻は近所の産婦人科で女性ホルモン剤を貰って飲み始めていた。
人間の弱いところ、勝手なところで少し体の調子が良いとホルモン剤を飲んだり飲まなかったり、錠剤を抜いてみたり・・・・・
ところが夜、家に帰ると
「お父さん、今日は疲れたし晩御飯は外で食べようか」
「うん、そうしようか」
「疲れたからこんなものでいい?」
「うん、いいよ」 食卓の上にはご飯とお好み焼き一枚。
私自身は裕福でもない共稼ぎの六人家族の家庭で育ってきているのだから特別好き嫌いが有るわけでもなし、晩酌をするわけでもないく食卓の上に並んでいるものを食べると云う事には慣れているから、お好み焼きでもなんでも食べられればそれで良いと思っていたのである。
それにこの頃は夫婦二人きり、上の娘は嫁ぎ下の子供は県外の大学へ行ってたわけでもあるから食事にしても気楽でもあった。
ただあんなに几帳面であった妻がご飯の用意も掃除も含めて全てにこんな調子になって来ていたのだけど特別気にもしなかった私が悪かったのかも知れない。
大体がそれまで食事の用意ひとつ、洗濯、掃除等全てにおいて何一つ手抜きなんてなかったのである。
子供がたまに帰ってくるというと三日も四日も前から準備に取り掛かり、それこそ家の中の掃除となるとうも隅から隅まで掃除機をかけないと気がすまない性質であった。
それでも毎朝、バスに乗って職場には出かけていたのである。
そしてそんなに疲れるのだったら仕事も辞めたらという話も出ていたのである。
でもそんなある日仕事を終え、九時を過ぎて家に帰ると鍵は開いているのに家の中は真っ暗。
変に思いながら茶の間の電気を点けるとボーとしたまま壁に寄り掛かっている妻の姿を見てドキッとしたものである。