「じゃあ、伊勢神宮と出雲大社の始まりは同じ時代ってことね。」

「う~ん、詳しく説明すると、今の伊勢神宮の方が後に時代になるね。」

古事記・日本書紀によると、伊勢神宮を創建されたのは

第11代垂仁天皇の第4皇女 倭姫、あの日本武尊(ヤマトタケル)の叔母さんです。

物語は

・大和の地に天照大神を祭る神社があった。

・疫病がはやり、引っ越すこととなった(実際は出雲信仰をするものが増えたのではないか?)

・先代豊鋤入姫命(母)から天照大神のご神体である鏡を倭姫命に渡して、大和の地を離れる。

倭姫命は各地(22か所)を巡幸し、最終的に、伊勢の地に天照大神を祀るとした。

 (伊勢には、二二ギの天孫降臨に道案内をした猿田彦が祀られていて天照信仰が深かった。)

・伊勢神宮を創建し天照大神に降りていただき鎮座していただく。

 (倭姫が立ち寄った各地の神社を元伊勢と呼びます。)

「これが、現在の伊勢神宮に天照大神が祀られるようになったいきさつだよ。」

「天皇家の女性、お姫様たちも大変だったのね。」

一説によれば

豊鋤入姫命(倭姫の母)が卑弥呼の死後に女王となった台与(トヨ)ではないかと言われています。

「古事記」「日本書紀」は天皇家の正当性を作り上げるために多くの神様の時代が神話として描かれています。

ニニギノミコトが天孫降臨した 高千穂

初代天皇 神武天皇か神武東征の出発が日向で

筑紫から瀬戸内海の国々を訪ねながら近畿で苦戦して大和の地へ到着する物語

大和朝廷が九州から近畿へ移動するストーリーになっています。

果たして、これは真実なのでしょうか?

当時の大和朝廷が書き入れる必要性があった事は間違いないです。