今週は遠くまでご供養やご祈祷へ行ったりと彼岸の慌ただしい日々がやっと落ち着いてきましたにっこり

 

 

今回、関東方面の大雨で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く穏やかな日常が戻りますように。

 

 

さて、前回は「タカミムスビミコト」という神様を夢で見て高天彦神社へ行った話でした。

 

 

今回は、この話の続きをいたします。

 

高天彦神社を参詣し手を合わせているとき、
ふとあることを思い出しました。

 

先日、夢の中に現れた神様のお姿。

実はその神様お姿を、私は17年前にも夢の中で見ていたのです。

 

17年前の夢では、あぐらをかくように座ったお姿で、静かに宙に浮かんでいました。

何か言葉をいただいたわけでもありません。

何かを伝えようとされていたわけでもありません。

ただ、そこにおられる。

私はそのお姿を、しばらく見ていました。

この時は、神様という認識はなく、「この古い服を来た男性は誰だ?」と思っていました。

 

(画像:大阪府 伴林氏神社)

 

でも、あまりにも印象に残る夢だったので、

当時、法興院の石川順修先生に「夢の中で見たこのお姿は、いったいどなたなのでしょうか」と尋ねたことがあります。

 

そのときは、さすがに順修先生も

「ちょっとこの夢はわからんな。あんたの頭の中に入れんからな。神様も何も言わんし」

「その姿なら、役小角(えんのおづぬ)様かもしれんわ」

「さっきあんたが来た時に、役小角さんがあんたの事を何か言うとったからこの人かもしれん」

というお話になり、それ以上は分からないままでした。

 

それから17年。

 

今回、また同じお姿が夢の中に現れました。

高天彦神社で手を合わせているとき17年前に見たあの男性の姿を思い出しました。

そして今回は、はっきりとお名前を聞くことができたのです。

思い出したとき

「ああ……17年前のあの夢は、このためだったのかもしれない」

と、妙に腑に落ちました。

(画像:奈良県 天神社)

 

私は、神様にお姿がないと思っています。

 

それでも、私たち人間が受け取りやすいように、その人に分かる姿になって現れてくださることがあるのかもしれません。

神様が何かを伝えようとするとき、

「この人にはこういう姿なら分かるでしょう」

と、その人に合わせて見せてくださる。

そんなことも、あるのかもしれないなと思いました。

ですから、ライオンの姿の神様の時もありました。

 

そして、すべてのことには「必然的なその時」があるのだとも感じました。

17年前には分からなかったことが、17年後の今なら分かる。

 

あのときには必要なかった答えが、今になって届けられる。

(「もっと早く気づけ」とも思っていたのかもしれませんが…)

 

人生には、そういうことがあるのかもしれません。

だから、今は意味が分からない出来事があったとしても、無理に答えを出そうとしなくてもいいのかもしれません。

 

忘れたころに、

「ああ、あのときのことだったんだ」

と、すべてがつながる瞬間が来ることがあります。

今回のことも、そうなのかもしれません。

17年前に見た夢と、今回の夢。

 

その間には、17年という長い時間がありました。

でも、本当に大切なものは、時間が経っても消えないのかもしれません。時を超越して、必要なときに、もう一度目の前に現れてくれる。

(画像:兵庫県 高皇産霊神社)

 

そう思うと、なんだか不思議で、そしてありがたい気持ちになります。

 

いつかまた時間が経ったとき、

「あの夢は、このためだったのか」

と思う日が来るのかもしれません。

そんなことを思いながら、今日もいただいたご縁に感謝しています。

 

私のこの経験だけが特別な話ではないです。

 

きっと皆さんにも、人生の中で「今の自分に必要なこと」が、さまざまな形で届けられていると思います。

それは、夢の中で神様から直接教えてもらうようなものとは限りません。

 

(画像:奈良県 高皇産霊神社)

 

ふと心に浮かんだこと。
偶然のように出会った人。
何気なく目にした言葉。
なぜか気になって仕方がない出来事。

そうした一つひとつの中に、今のあなたに必要な「気づき」がそっと込められているのかもしれません。

 

大切なのは、特別なことを探し続けることではなく、目の前に起きていることに心を向けてみること。

ただし、全ての出来事に意味を求める必要はありません。

必要な時には、必要なメッセージが、ちゃんとあなたのもとへ届いているのですにっこり