いつもどおり定時で業務を終え、いつもの道をいつもどおりに歩きながら、帰路につく。

何も代わり映えしない毎日だ。色褪せた毎日。セピア色といえば雰囲気があるが、そんなおしゃれな感じでもない。

 

 

一台のコミュニティバスが私の横を通りすぎた。

1時間に1本のペースで運行するバスを利用する人は滅多にいない。

乗客のいないバスは、なぜだかノスタルジックで哀愁を帯びているようにみえる。コミュニティバスも私の日常と同じく色褪せているように感じた。



 

 バスには一見乗客はいないと思われるが、よくよく見ると、いつも一人の婦人が乗車している。もう何度見かけたことか。

 ご婦人は、老齢なのかいつもからだを小さく丸めて、座っている。紺色やグレーの色の地味な服装でいながら、グレーの髪を留めるシュシュは、蛍光のような黄色をしている。服装とシュシュの色が対照的であり、違和感を覚える。だからこそ、私の記憶に残ってしまった。

 

 

コミュニティバスが通るたびに、婦人の姿を探すようになる。ささやかな日課だ。

自分の中で、むくむくと大きくなる疑問を抑えられなくなってきた。

なぜ、蛍光色のシュシュをつけているのか。そのシュシュには何か思い出があるのか。

 いやいや、よそ様の事情に口を出す気などない。しかしながら、自分の好奇心は、自分の意に反して日々大きく育っていく。

 

 

 ある日、私は仕事でミスをした。ほうぼう謝罪をし、ことを収めたが、半ば放心状態で帰路についた。

コミュニティバスがバス停に停車した。いつもよりさらに哀愁を帯びたバスが私を呼んでいる。吸い寄せられるように、何も考えずに乗車をした。行くあてなどない。それでもよいから、乗ってみたいと思った。

 




 

 そこには、蛍光色のシュシュをつけたご婦人がいた。乗客が珍しいのか、私に視線を向けた。

 「鮮やかな色のシュシュですね。」

私は思わず話しかけた。言葉が口をついて出たことに驚きを隠せなかった。

ご婦人は、うれしそうな笑顔で答えた。

「まあ、ありがとう。亡くなった主人がね、変な色だと言うのよ。でも、私はとても気にいっているの。気分が明るくなるから。」

なるほどそういうことだったのか。ここしばらくの疑問が解けた。



ご婦人の口調は、蛍光色のような明るさというよりは、優しいパステル色といったところであろうか。ご婦人の手には、ピンク色の花束があった。ご婦人は私の視線に気が付いたようで、言葉をつづけた。

「このお花はね、主人の仏壇に飾るの。毎回、違う色のお花にするのが、私のこだわり。」





どうもお花屋さんの行き帰りにこのバスを利用しているようだ。

「毎回ですか。すごいですね。」

ご婦人のこだわりにすごいと思いつつ、そこまでするものかとも思ってしまった。

「小さいことだけれどね、毎回違う色のお花を飾るだけで、楽しめるのよ。新鮮なの。心なしか、仏壇の中の主人もうれしそうに見えるのよ。お花、おすすめよ。」

「新鮮・・・」

私は、つぶやいた。色褪せた毎日を送る私には縁遠い言葉だ。



ご婦人はさらに言葉をつづけた。

「もう、歳で、からだも言うことをきかなくなってきたから、いろいろできないでしょう。ささやかな変化を楽しむのよ。それでも、楽しませていただいているわ。色があるって、ありがたいわね。カラフルって心が躍るわ。」

ご婦人の曇りのないパステル色の優しい口調と笑顔によって、私の心の奥の何かが溶けていくのを感じた。




ああ、そうか。私は、色褪せていく日々を当たり前のように受け入れていたんだ。自分で色をつけることができるのに、何もしようとしなかった。

 

 

ご婦人と話していて、確かに私の世界に色がついた。

ご婦人と別れて、バスを見送ったとき、もう色褪せたバスの姿はなかった。

明日、お花を買おう。

さあ、明日は何色で彩ろうか。


 



 

終わり