中学校進学から24年が経つことし。栗山町にある拙宅から大変遠いので通学の為には少なくとも町営バス(Municipal bus)に乗る必要があり、町営バスに乗っての通学が基本だったと記憶する。
その町営バスの中で乗務員さんがラジオを掛けるときがあり、この環境下でバス通学をしていたことが1つのきっかけとなったのか否かは不明だが(可能性としては、ある程度考えられる)何度も乗車して通学するうちにいつの間にか「家でもラジオを聴いてみよう」と感ずるようになり、「お試し」的に聴いてみると良い番組が大変多かったので軈(ヤガテ)生活の中でラジオ番組を聴くようになっていたというのが大まかな経緯(イキサツ)だろう。何度か繰り返し申し上げている通り。但し、ラジオ局のイヴェントに参加するのは大学院に進学してからで、そのとき初めてラジオがより身近に感ぜられ始めた感がある点も確かだ。軈社会人になるにあたりラジオサーヴァー(vide infra:聴き始めた頃から知ってはいたが、購入は想像していなかった)を購入し、気に掛かるラジオ番組があれば聴きながら録音をし、あとから思い返してそれらを聴くこともできるようになった。
生活に於ける「ニーズ」の変遷に伴い重きを置いて聴く放送局は確かに変わり(今はFM North WaveとAir-G'とをおもに聴いている)、またラジオを取り巻く環境の変遷も感ずる中だが、24年の間「ラジオのある生活」を送っていることに変わりない(id est:「ラジオの無い生活」が寧ろ考えられない)。テレビ放送がディジタル放送に完全移行したことで「FM補完放送」(通称ワイドFM)が道央(北海道の中央部と西部とをまとめてこのように表す)圏の一部で始まり、AM局の番組をFMでも聴ける環境となった。また僕が2019年に「携帯電話」から「スマートフォン」に機種変更をしたことでradiko.jpのアプリケイション・ソフトを用いられるようになり、電波状況の悪い場所でもClearな音質で番組を聴けることが大きい。例えばCTS(New Chitose Airport)のターミナルビルディング内から旅客機を狙ってシャッターを切るときは(id est:展望デッキに入れないとき)、窓側でなければ雑音が入ったり雑音しか流れなかったりする場合があるので僕の場合はおもにこのようなときradiko.jpにお世話になる。
いずれにしても、中学生時代以来「ラジオの無い生活」が考えられないことに変わりない。また、中学校進学が西暦2000年だったことはある種LUCKYだったかもしれない。