初めてCTS(New Chitose Airport)へ足を運んだのは幼稚園生の頃。家にあった、旅客機をモティーフとするおもちゃが本当に偶(タマタマ)ANA(All Nippon Airways)に当時いた旅客機をモティーフとするモノだった。

 

 あれは恐らく年少組の頃の夏休みだったか。以前も申し上げたかも知れないが、両親と共にCTSに行き実際の旅客機を初めて間近に見て強く感激した。且つ当時はANAばかりでなくJAL(Japan Airlines)にもB-4(Boeing 747)がいて、B-4の「全盛期」が続いていた中(『ANA 200のひみつ』Page 162, 164を見よ)で実際のB-4を間近で見られその迫力に圧倒された。それ以来B-4を――特にANAにいたB-4は大好きだ。そして時は流れて僕専用のディジタルキャメラが手に入って何年か後(ノチ)――社会人になってから――本当に偶本州に旅行へ出掛けていた母親を出迎える為に父親と一緒にCTSへ出掛け、母親を待つ間に旅客機を初めて撮ったときにその楽しさを実感して、徐々に旅客機を撮る機会を増やしたときB-4は少しずつリタイアをしつつあった。

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 ANAにいたB-4は何機か撮れている(exempli gratia:vide supra)けれども、2014年にはANAからもB-4が全機リタイアしてしまい、ある種の寂(サミ)しさを感ずる{但し、それよりもB-4の後継の行方が愈々(イヨイヨ)混沌としてきた印象の方が強いので、寂しさについては心の奥にしまっておこうと思う}。そのような中で海外のエアラインにいるB-4を撮る機会もあったので少し安心している{exempli gratia: KAL(Korean Airlines)…vide infra}。そして今は海外のエアラインに於いてもB-4のリタイアが進んでいるのでその寂しさが一層強まっているところだ。というのは、僕にとってB-4は名機中の名機で、且つ幼稚園生の頃から馴染み深いタイプだからである。

 

 

 今はまだCOVID-19(例の「新型コロナウィルス」)が猛威をふるう中にあるので暫くCTSに行けていないが、この自粛期間でB-4をふと思い出すときが増えつつあるのかな……と感ずる。栗山町の本拠地にも北広島市の拠点にも、B-4をモティーフとするモデル(vide infra)を飾ってあるからだろう。