うどんオフと浜美枝さんの講演会 | ラジオ ポロシャン

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ラジオが危機的と言われる。でもラジオが好きな方は多い。ラジオは他の作業をしながら聞ける。聞く人たちが自由にイメージできる。テレビはこれなんだ! とイメージを固定される。ラジオ的表現をここでやってみたいと思います。

同じ時間なのでうどんの材料を蓮行寺さんに持って行ってから、我孫子駅前のけやきホールに行きました。法話会に不参加は笑おう会の寄席をやって以来です。めずらしく細君が代理? で参加したようです。

武蔵野線に乗って新松戸に乗り換えて我孫子に行きました。その昔あの山下清画伯がこの駅前の弥生軒という駅弁屋で働いていたそうです。画伯の絵の包装紙の駅弁があったそうです。
出掛けたときは晴れて来たのにまた雨が降って来ました。けやきホールは駅に近かったので傘なしでも大丈夫でした。けっこう人が集まっていました。実行委員の挨拶、我孫子市長の挨拶が続いて、浜美枝さんが登場しました。老眼の美少女? だから眼鏡をかけてから講演が始まりました。題目は「民芸と私 ~柳宗悦と浅川兄弟」始まる前に受付でくれた浅川兄弟についての資料をもらった。戦前の朝鮮で朝鮮の人に溶こんで陶芸の研究をする浅川伯教と、兄の仕事を手伝う為に朝鮮に渡った浅川巧。弟は40歳で朝鮮で亡くなっている。韓国忘憂里に墓があり、「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心のなかに生きた日本人、ここ韓国の土となる」ハングルの墓碑があるそうです。
浜美枝さんは各地の民芸に携わる人を訪ねている。印象深かったのは沖縄の読谷村の花織を復活させた与那嶺貞さんを訪ねるですが。電波少年のようにアポなしでドカドカと、他人の聖域を土足で上がるような非礼をしなかったそうです。与那嶺さんのペースに合わせて夕方おじゃましているし、一回きりでなく何度も訪ねているそうです。この与那嶺さんの花織を知ったのは、銀座を歩いていた時に浜さんにとって魅力的な柄の服を着た女性が前を歩いていたので、「この柄はなんというんですか?」たずねたそうです。「これは沖縄の与那嶺貞さんの花織です」と教えてくれてこの花織の現場に行こうと決めたそうです。質疑応答の時間がなかったのが残念である。ロビーで握手できる機会もないので帰る。

帰宅したら細君がいた。行って来たそうだ。出掛けるから駅まで送ってといわれ、駅から歩いて帰って来たばかりなのに、車で駅まで送っての仕切り直し。

この写真は戸をあけてお邪魔したうどんオフの写真。住職さん風邪気味で数分後でお開きに。となるとはピーママさんと「こいと」へ。今回は2回目の参加の男性も誘って3人でカンパーイ。「のっぺ汁」その後日本酒へと。宴は4時半から7時間も経過していた。小生は家に帰る。お二人は物理的に帰れない状態。ご想像の展開でしょうネ。

今日で図書館通い3度目。主に地方紙の1月1日の新聞を読みました。全国のを全部も読めませんが大体読んだ気分に。沖縄の新聞の広告に琉球舞踊の団体の広告の多さにびっくりした。

本屋で新しいパズル雑誌を買う。アロー雑誌のトップのカラー問題があった。ぽろしゃんって名前の作家は誰だろうかな? 思い出せない?(笑い)