以前の記事で課題としていたと石田流と振り飛車穴熊の感覚の違いは、少しずつですが改善傾向にあります。

むしろ歩を垂らす感覚など、攻めの精度は上がっている実感すらあります。

 

ただ、次の課題として大局観の悪さが露呈してきています。

 

大局観は大きく分けて、駒得、駒の活用度、自玉の安全度、手番の4つの要素からなる形勢判断と、それらの足りない部分と手番の比較からなります。

 

非常に言語化するのも体得するのも難しい分野で、読みの力がないと培われない部分でもあります。

具体的に言ってしまえば、相手からの攻め筋が見えないと優勢と勘違いしてしまいますし、逆に自分の攻め筋が見えないと劣勢と間違えてしまいます。

またそういったところで、楽観派や悲観派と呼ばれることもままあります。

 

私もそうですし、多くの方も「攻めていれば勝っていたのに・・・」という経験をお持ちじゃないでしょうか?

 

そういった部分で言えば、昔のAIも人間の大局観を再現できず、「終盤の詰みになると強いのに」と言われていたのを思い出します。

bonanzaが出てきた当時は革新的に思えました。

 

掻い摘んだ情報と昔の記憶なので、間違っているのかもしれませんが、

盤上の3つの駒の配置で小さく評価し、無数のそれぞれの組み合わせで局面を総合的に評価するという手法だったと記憶しています。

 

現在ではその精度が上がり、読みの深さも相まって、プロ棋士をも凌駕するようになったのは周知の事実です。

観戦のお供に評価値が表示されているのにはそんな背景があります。

 

私としては大局観と言えば、4人の棋士をイメージします。

 

一人は大山康晴十五世名人。

受けの名手として一時代を築いた、言わずと知れた大棋士です。

絶対的な受けの力に自信を持っているからこそ、良い局面でも自陣に手を入れ、負けない将棋を体現する棋風は圧巻の一言です。

 

二人目は米長邦雄永世棋聖。

史上最年長での初名人を獲得した不屈の大棋士です。

泥沼流と呼ばれたその棋風は、劣勢でも盤面を混沌とさせ、相手の疑問手を誘うもので、自然流と呼ばれた中原十六世名人や加藤一二三九段らと名勝負を繰り広げました。

 

三人目は羽生善治九段。

永世七冠を達成した、現代の大棋士です。

卓越した大局観は盤面の急所を逃さず、どのような戦法でも指しこなすオールラウンダーとして知られています。

中でもNHK杯での加藤一二三九段戦における伝説の▲5二銀は現在でも語り継がれる絶妙手です。

 

そして四人目は藤井聡太王位・棋聖。

令和の天才として名高い藤井二冠ですが、AI超えとも評される妙手の数々は卓越した読みに裏付けられたものでしょう。

私としては石田五段戦の△7七同飛成が非常に印象に残っています。

 

プロ棋士とは総じて大局観と読みに秀でた天才集団です。

その中であって、今挙げた四人は盤面の急所を捉える力と同時に自身の形勢を的確に把握し、欠けた箇所を補完する術に特に優れた棋士だと思います。

 

悪手とは咎められなければ好手になり得るものですが、これらの棋士はその機微に対して、高精度のセンサーを備えています。

 

大局観とはすぐに目に見える成果を上げられる分野ではありませんが、

棋譜並べや次の一手問題など、取り組んだ行ければと思っています。