26日午前中のワークショップを終えて、金沢のうんぷらうるの皆さんとランチ。そのあと、いちどうんさんと一緒に上野さんのご自宅へ戻り、ひとやすみ。上野さんの運転で神戸へと。



光の音 闇の音


ぼうや~~~よいこだ ねんねしな~~~

これは上野さんのご自宅兼アートスペース蛍庵(左の屋根)

築80年のとても広い古民家です。お世話になりました。


大雪に強風に雷でしたが西へ行くと天気は回復し、駐車場クローズになんとか間に合って新長田に到着。


明日は山田うんソロダンスライブ年末スペシャル、昼の部に即興ワークショップ、夜にうんさんのソロパフォーマンスと参加者との即興セッションという豪華な企画。このために、雪の中を民族大移動してきたわけです。



つづく、、、




25、26日はうんさんのダンスワークショップでした。

わたしもダンス参加。即興演奏もほんのちょっとだけ。

うんさんのワークショップに経験は不問。指一本動かすのもダンス、とうんさんは言います。


うんさんのブログ から:


私は踊る時私の姿から解放される。どんな服を着ているかとか、どんな顔をしているかとか、どんな皮膚の色をしているかとか、太ったとか痩せたとか、名前とか歳とか男とか女とかダンスの経験とか。私にまつわる記号が全部全部意味をなくす。


これまで神戸でなんどかダンサーとミュージシャンの即興セッションをしました。そのなかで私なりにいろいろ気がついたことや、開いた感覚というのがあります。空間感、と自分では呼んでいますが、音そのものじゃなく空間に意識をフォーカスするのに、ダンスとのセッションはすごく気づかされるものがありました。今までの自分はそこのとこ閉じてたんじゃないかなと、、、。

今日はおもにダンスするほうで参加したのですが、これまたいろいろな発見があっておもしろい。即興するにあたって、音楽とダンス、ほんとうに似ているじゃないかと思う部分もたくさん。初日のテーマは「見えないものをみる」「聞こえない音をきく」といったネガポジ逆転の発想。逆に2日目は、キャッチボールをする、などといった具体的な=目に見えるものをテーマにしたりもする。


見えるもの見えないもの

あるものないもの

聞こえる音聞こえない音



そういった境界線をあいまいにして自由に行き来する。表現をしてみる。肉体や物理的時間的な枠をとっぱらう。意識を肉体という制限をこえて、自在に拡大したり圧縮したりする表現もテーマの一つでした。


ところでひとつ、フルートの上野さんの即興で踊っていた時に発見したのは、支配と被支配の関係性とでもいいましょうか。

最初、音に従属した動きをしているんだけどあるときその支配から外れようとします。そこで、聞こえている音からいかに外れてやろうかと思うんだけど、じつはそう思うこと自体がものすごく音に支配されちゃってて。

結局支配される立場を逃れて支配する側に回ったとしても、それはじつは関係性としては何も変わってないのです。ほんとうに支配から逃れるためには、自分独自のルールや秩序を構築して、それを守っていくという方向しかないんだなと思いました。

これは、、、人間関係や実生活でも同じ!と気づいたのです。


「○○から逃れたい」とおもって行動することは結局○○に支配されていますよね。宇宙の摂理なのかも。。


つ・づ・く

金沢ついたら吹雪で顔痛い。。。

24日は町屋塾というところで、ダンサーの山田うんさんのソロライブでした。共演はフルート上野賢治氏、数学者の森田真生氏。

ポルトガルのファドを使ったダンス、フルートとダンスの完全フリーの即興、イブなのでクリスマス曲のアレンジ、、、などなど。


あいだに挟む森田さんのトークがとても鋭い、おもしろかったです。音楽のことわからなくても音楽会は楽しめるのに、数学はわからないからと敬遠される、そういう傾向を改革しようと、全国で「数学の演奏会」をされている方です。

すべてメモしたいくらいおもしろかったですが、印象的だったフレーズ。言い回しはちょっとニュアンスかわっちゃいますが
「数学者は論理で言及できることを追い求めることで、言及できないものを見つめている」

そして、うんさんのダンスについておっしゃったことが私もいつも感じていることだったんだけど、それはおよそ数学的でも科学的でもないと思われそうなことだし、まさかこんなところで聞けるとは。。。とびっくりしました。

うまく説明できないのですが、全体意識、共有意識といった事柄についてです。たとえばうんさんがダンスしているとき、それはうんさんなのですが、同時に完全にわたしでもあり、共演の上野さん森田さんでもあり、観客の方ひとりひとりそのものにもなっているのです。あるいはうんさんがポルトガルで聞いた、ファドのシンガーや酒場のオヤジかもしれません。


同じように最近の私は、演奏している時は「私」ではないんですね。空間の一部であり全部、全体の一部であり全部、という感じ。



このことは翌日からのワークショップにも繋がっていきました。。。



光の音 闇の音-101225_1227~01.jpg


雪によろこぶギタリストのおぎぴ。雪のせいでダッサい靴はいてます。



つづく。