25、26日はうんさんのダンスワークショップでした。
わたしもダンス参加。即興演奏もほんのちょっとだけ。
うんさんのワークショップに経験は不問。指一本動かすのもダンス、とうんさんは言います。
うんさんのブログ
から:
私は踊る時私の姿から解放される。どんな服を着ているかとか、どんな顔をしているかとか、どんな皮膚の色をしているかとか、太ったとか痩せたとか、名前とか歳とか男とか女とかダンスの経験とか。私にまつわる記号が全部全部意味をなくす。
これまで神戸でなんどかダンサーとミュージシャンの即興セッションをしました。そのなかで私なりにいろいろ気がついたことや、開いた感覚というのがあります。空間感、と自分では呼んでいますが、音そのものじゃなく空間に意識をフォーカスするのに、ダンスとのセッションはすごく気づかされるものがありました。今までの自分はそこのとこ閉じてたんじゃないかなと、、、。
今日はおもにダンスするほうで参加したのですが、これまたいろいろな発見があっておもしろい。即興するにあたって、音楽とダンス、ほんとうに似ているじゃないかと思う部分もたくさん。初日のテーマは「見えないものをみる」「聞こえない音をきく」といったネガポジ逆転の発想。逆に2日目は、キャッチボールをする、などといった具体的な=目に見えるものをテーマにしたりもする。
見えるもの見えないもの
あるものないもの
聞こえる音聞こえない音
そういった境界線をあいまいにして自由に行き来する。表現をしてみる。肉体や物理的時間的な枠をとっぱらう。意識を肉体という制限をこえて、自在に拡大したり圧縮したりする表現もテーマの一つでした。
ところでひとつ、フルートの上野さんの即興で踊っていた時に発見したのは、支配と被支配の関係性とでもいいましょうか。
最初、音に従属した動きをしているんだけどあるときその支配から外れようとします。そこで、聞こえている音からいかに外れてやろうかと思うんだけど、じつはそう思うこと自体がものすごく音に支配されちゃってて。
結局支配される立場を逃れて支配する側に回ったとしても、それはじつは関係性としては何も変わってないのです。ほんとうに支配から逃れるためには、自分独自のルールや秩序を構築して、それを守っていくという方向しかないんだなと思いました。
これは、、、人間関係や実生活でも同じ!と気づいたのです。
「○○から逃れたい」とおもって行動することは結局○○に支配されていますよね。宇宙の摂理なのかも。。
つ・づ・く