■残虐の限りをつくす韓国軍■


http://www.altasia.org/hangyore/hangyore99256.htm


▲ 当時の報告によれば、66年 1月23日から 2月26日までの約一ケ月間、猛虎隊 3個小隊,
2個保安大隊, 3個民間自衛隊により、この地域だけで、計1200名の住民が虐殺されて,
そのなかにはひとり残らず抹殺された家族が8世帯にもなった.

▲ 生存者の韓国軍に関する証言で共通な点は, 無差別機関銃乱射, 大量殺戮, 妊産婦,
女性に対する強姦殺害, 家屋への放火などだ. 生存者の証言を土台に韓国軍の良民虐殺方式を
整理してみると、いくつかの共通した類型が現れる.

●-住民たち(大部分が女性と老人, 子供たち)を一ケ所に集めた後、あるいはいくつの
グループにまとめて、機関銃を乱射して抹殺する.

●-住民たちを一戸に追い詰めて銃を乱射した後、家と一緒に死亡者も生存者も全部燃やす.

●-子供の頭を割ったり首をはね, 脚を切ったり四肢を切断して火にほうり込む.

●-女性を強姦した後、殺害して, 妊産婦の腹を胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す.

●-住民たちを村のトンネルに追い詰めて毒ガスを浴びせて窒息死させる.

▲韓国軍の大量虐殺が強行された所では、子供たちの口にキャンディやケーキが含まされていた.
老人たちの口にはタバコが咥えられていた場合が多かった.
恐らく、村人を安心させながら一ケ所に集めるための手段だったようだ.


▲ 韓国は1964年、ベトナム戦に軍事的な介入を始めた. 以後、65年から73年まで、
約30万名の戦闘部隊を‘ベトナム政府の要請’という美名の下、ベトナム戦線に投入した.
この過程で韓国軍も4960余名が戦死して、10余万名が負傷した.
しかし、韓国軍はまた、敵軍のベトナム人を4万1450名も殺す全勝(?)をおさめもした.
我が軍の死者数の10倍に達する敵軍を戦死させたのである. それも、公式的な統計上でだけ!



■残虐の限りをつくす韓国軍■


ベトナム戦 24周年にして見た、私たちの恥部, ベトナム戦犯調査委のおぞましい記録

(ベトナム戦でベトコンの陣地を捜索・破壊するという作戦上の名分が大量虐殺を正当化した.)


▲筆者は2年前, ベトナム政治局から出された「戦争犯罪調査報告から- 南ベトナムでの
南朝鮮軍隊の罪悪」という資料の一部をようやく手にれることができた.
それを、‘父の世代に行なわれた誤ちだけど’ 韓国とベトナム間のお互いが殺し合わねば
ならなかった‘痛い歴史の決着をつけるための’小さな努力の一環として、ベトナムを訪問
した韓国市民団体‘私と私たち(ナ ワ ウリ)’一行に初めてこの資料を公開した.

韓国軍のベトナム民間人虐殺現場を見て回って、証言を収録したことがある.
▲“日本人の助けを借りて韓国人の問題を省みるという事実が切なかった”という彼らは、
これからは‘韓国人の力で’ぶつかってみようという意志を結集して、また再び長い旅程
に出たのある. 筆者は初めて寄着時から同行することにした.



■子供も妊婦も容赦なく… ■


('忘れたい戦争'. 韓国軍に殺されたベトナム人の数は、公式統計だけでも 4万1450名だ.)

▲“軍人たちがまず僧侶に向かって銃を射ちました. 続いて、助けてくれと逃げる女性や菩薩様
にも銃を射ちました. そして、屍体を皆燃やしました.”ユエンハンの証言だ.
▲ 当時やっと15歳になったばかりの彼は恐ろしさで真っ青になり、叫び声もあげられずに息を
潜めていたと告白する.
リンソン寺には、五人の僧侶が住んでいた. その時、プフ僧侶は住持僧より先に村におりて行き、
喪家で読経を行っていた. 証言の大部分はユエンハンを通じてなされ, その寺で唯一の生存者
のプフ僧侶は口数が少ない.
▲ 当時の話をしながらも、人々はその時の虐殺の主人公の後裔に配慮してくれた.



▲プフ僧侶が村に帰ってきた時、寺は既に修羅場と化していた. プフ僧侶は火にくべられて
いた五人の僧侶の死体を近隣の小屋へと移した. 死体奪取に対する不安からあった.
このことが伝えられると, パンラン地域全域の学校が休学を決議して, 学生達と仏教徒たちが
一斉に蜂起した. “ベトナム政府は良民虐殺を即刻中断しなさい!”
“人殺しはベトナムを出て行け”等等、凄まじい叫び声がパンランを巻きこんで,
僧侶たちの死体は12日を過ぎてやっと火葬できた.

▲“火葬をしても、僧たちを安息させられなかった. 僧たちを祭る寺が消えたからですよ.
僧たちの骨を壷に納めていたのですが、やっと昨年、この寺に安置してあげましたよ.”
プフ僧侶がやや低めな声で話を続けた. 韓国軍人たちの銃器乱射事件で廃虚になった寺は、
その後また再び爆撃を受けて跡形もなく消えた. そして、昨年、仏教徒の在米ベトナム同胞の
援助でまた寺が建てられた. プフ僧侶は30年ぶりに住持僧としてこの寺に帰ってくることが
できた. 寺の前に当時死んだ僧侶たちの遺骨が納められた三重塔がある.


子供も妊婦も容赦なく…



“軍人たちがまず僧侶に向かって銃を射ちました. 続いて、助けてくれと逃げる女性や菩薩様にも銃を射ちました.
そして、屍体を皆燃やしました.”ユエンハンの証言だ. 当時やっと15歳になったばかりの彼は恐ろしさで真っ青になり、
叫び声もあげられずに息を潜めていたと告白する.
略)
"女性たちを強姦した後、殺害"
韓国軍は残酷な大量虐殺を行ったため、南ベトナム民族解放戦線(NLF)さえ、できるだけ直接的な交戦は避けようとし
た程だったと伝えられる. 前線もなく、敵が誰なのかもわからないベトナム戦でベトコンの根拠地を捜索, 破壊する
という作戦上の名分が老若男女を区別しない虐殺行為を正当化させた. 筆者が持っている記録は、その内容が非常におぞましく、
詳細に明らかにするもので、負担がなくはなかったが, その一部をここに紹介する.

1965年 12月22日, 韓国軍作戦兵力 2個大隊がビンディンソン、クィニョン市に500余発もの大砲を撃ち込んだ後、
“きれいに殺して, きれいに燃やして, きれいに破壊する”というスローガンの下、 捜索掃討作戦を繰広げた.
彼らはこの村で12歳以下の22人の子供, 22人の女性, 3名の妊産婦, 70歳以上 6名の老人を含む, 50余名を超える
良民を虐殺した.
"… などは、子供を出産して二日目に銃で射たれて亡くなりました. 彼女の子供は軍靴で踏み潰され、まだ血が
流れていたお母さんの胸の上に投げ捨ててありました. 妊娠8ケ月に達していた友人は銃弾が貫通して亡くなり,
子宮が外に出ていました. 韓国兵は一歳になる子供を背負っていた娘を射ち殺して, 子供の頭を切り取って地面
に放り投げ, あとはいろいろな形に切り出してくぼみに捨てました.
彼らはまた、二歳の子供の首を折って殺し, ある子供のからだを持ち上げて、樹に投げつけて殺した後、焚き
火に乗せました. そして、12歳の私は脚を射たれて倒れ、くぼみに捨てられたのです…"
略)
生存者の韓国軍に関する証言で共通な点は, 無差別機関銃乱射, 大量殺戮, 妊産婦, 女性に対する強姦殺害,
家屋への放火などだ. 生存者の証言を土台に韓国軍の良民虐殺方式を整理してみると、いくつかの共通した類型が現れる.

-住民たち(大部分が女性と老人, 子供たち)を一ケ所に集めた後、あるいはいくつのグループにまとめて、
機関銃を乱射して抹殺する.
-住民たちを一戸に追い詰めて銃を乱射した後、家と一緒に死亡者も生存者も全部燃やす.
-子供の頭を割ったり首をはね, 脚を切ったり四肢を切断して火にほうり込む.
-女性を強姦した後、殺害して, 妊産婦の腹を胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す.
-住民たちを村のトンネルに追い詰めて毒ガスを浴びせて窒息死させる.

韓国軍の大量虐殺が強行された所では、子供たちの口にキャンディやケーキが含まされていた. 老人たちの口に
はタバコが咥えられていた場合が多かった. 恐らく、村人を安心させながら一ケ所に集めるための手段だったようだ.
ホーチミン・パンラン=ク・スジョン 通信員
ハンギョレ21 1999年 05月 06日 第256号 .


ベトナム戦争時における韓国兵の暴虐


▲我が国の進歩派とか言われる人々は、支那、ソ連の暴虐を責めないように、ベトナム戦争時にベトナムを侵略したアメリカを非難することはあってもそのアメリカの傭兵として、アメリカ以外では一番多くの将兵を派遣しベトナムを侵略し、ベトナムの人々を虐殺し、強姦などでベトナムで大勢の孤児を作った韓国を非難することは少ない。


韓国はベトナムに常時五万人、十年間で延べ三一万人の兵を派遣しました。この時勇猛をもってなった「白馬師団」「猛虎師団」というのがありますが、白馬師団の連隊長はのちの大統領である全斗煥、猛虎師団の大隊長はおなじく後の大統領である廬泰愚でした。



▲当時派遣された韓国軍の給料はアメリカが持ちました。つまりアメリカの傭兵としてベトナムにいったのです。


このことで、「六・二十五(朝鮮戦争)は同じ民族同士の殺し合いだったが、ベトナム戦争はアメリカの傭兵として参加したもので、大義名分の弱い戦争だった」という趣旨の発言をした文教部長官(文部大臣)が金泳三大統領によって平成七年五月十二日に解任されました。この発言の背景には、ベトナム派兵に対して当時の韓国国内の平均給与の二倍がアメリカにより支払われ、派兵しはじめた一九六五年十二月に発効した日韓基本条約に基づく日本の請求権支払い(十年間にわたり有償無償あわせて八億ドル)とベトナム特需ともいえるこの派兵で、韓国は派兵した十年間は年十%近い経済成長(当時世界一位)を続け、輸出も外貨も三十倍近くにふくれあがった現実がありました。



▲この発言に対して国軍、在郷軍人会などが「ベトナムに派遣された韓国軍は平和軍の十字軍であった」
「ベトナム戦争は自由と平和を守るための聖戦であった」などと抗議の意見を発表したために金泳三大統領は長官更迭という処置をとりました。我国とは逆の対応です。


 ベトナムでの韓国軍の残虐極まりない行為は、まだその戦争の爪痕が消え去らないベトナムにおいて生々しく伝えられています。



▲この項の参考文献の一つである「日韓共鳴2000年史」の編者である名越二荒之助氏が平成八年ベトナム訪問時に直接ベトナムの方から伺った話として「第二次世界大戦後、我々はフランスとの戦争を含めて合計三十年間にわたって侵略者と戦ってきた。そのため国土は破壊され、経済成長は遅れてしまった。その中で特に残虐で野蛮なのは韓国軍であった。村を丸ごと焼き払い、死者の耳までそいでいった。アメリカの捕虜になった方が待遇が良かった。韓国の捕虜になったら殺されるのである。


▲韓国兵はベトナム人を蔑み、人前で平気でビンタをとる。ベトナム人には美人が多いので、女は皆、慰安婦にさせられた。
韓国との混血児は名乗りでないので、はっきりとした数は判らないが、一万人以上はいるはずだ」
「現在韓国企業(現代自動車、大字ホテル、その他建設業等)がどんどんベトナムに進出してきているが、彼らはベトナム人を見下げ、傲慢ですぐ暴力を振るう。ベトナム女性を妻にして混血児を作っても、サッサと帰国して責任をとらない」 名越氏が聞いたこれらの証言とは別に下記のような報道もあります。



http://www.altasia.org/hangyore/hangyore99256.htm

先月17日の本紙報道によると、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が今年5月に訪中した際、

最新鋭 戦闘機などの軍事支援を求めたものの、拒否されたという。




金総書記の訪問目的が、最新鋭戦闘機の獲得にあったことが明らかになったことで、その背景に注目が集まって いる。金総書記が中国に供与を求めたのは、中国軍が最近実戦配備した「殲10」戦闘機だったという。


金総書記が食糧ではなく、戦闘機を欲しがったのは、北朝鮮空軍があまりにひどい状況だからだ。消息筋に よると、最近10年間で訓練飛行中に墜落した北朝鮮軍の戦闘機は44機だという。

北朝鮮で戦闘機事故が急増したのは、機体が老朽化している上、外貨不足で部品を円滑に調達できず、まともな 整備ができなかったためだ。このほか、燃料難で飛行訓練時間が減り、操縦士によるミスも増えた。




北朝鮮は過去10年間にわたり、韓国の左派政権による「太陽政策」で多額の資金を得た。しかし、核開発や ミサイルにばかり資金をつぎ込んだ結果、空軍力は相対的に弱体化した。北朝鮮が急に戦闘機を調達したがる 背景には、哨戒艦「天安」沈没事件がある。


北朝鮮側は、もし韓国との間で局地戦が起きれば、韓米連合軍の圧倒的優勢で打つ手がなくなるとの認識を 持っている。金総書記は戦闘が拡大すれば、平壌の安全も保障できないと判断したとされる。つまり、金総書記 の訪中は、空腹に苦しむ住民のためではなく、自分の身辺を脅かされたからにほかならない。


北朝鮮空軍は現在、防空、特殊部隊輸送、戦略爆撃、地上軍作戦支援という四つの任務を持つ。保有機体は ジェット機が800機、ヘリコプターが320機で、兵力は8万5000人だ。問題は戦闘機、ヘリコプター、輸送機 などの装備が1950-60年代に製造された旧ソ連製、中国製の機種だということだ。




朝鮮日報 2010/07/25
http://www.chosunonline.com/news/20100725000014
http://www.chosunonline.com/news/20100725000015


■韓国空軍の将軍…操作ミスでF15K戦闘機から射出される(爆笑)■


ある空軍将軍の操作ミスにより、およそ1千億ウォンの最新鋭F-15K(写真)戦闘機が
一部破損してしまったことがCBSの取材でわかった。

 この将軍は非常脱出時に使われる「射出レバー」を間違って引いた事により、
空中に50M以上打ち上げられたものの、落下傘が正常に機能したため、負傷はなかったと伝えられた。

 目眩がするような事故が発生したのは、韓米連合訓練「不屈の意志」を四日後に控えた21日の出来事だった。
空軍大学総長のチェ某(56、 公社35期)所長は、この日の午前に大邱(テグ)にある南部戦闘司令部基地から、
第11戦闘飛行団所属F-15K機の後方操縦席に座った。

 大田(テジョン)に所在する空軍大学は、忠北(チュンブク)清原(チョンウォン)にある空軍士官学校とは異なり、
将官級以上の将校を専門教育する非公開機関だ。

 チェ所長はこの日に韓米連合訓練に出撃する該当戦闘機の操縦士を相手に、教育中だったことが伝えられた。
「最先端の武器体系運用に対する戦術習得と関連し、計画された教育飛行だった」というのが空軍側の説明だ。

 チェ所長を乗せた戦闘機が、離陸直前の最終点検を意味する「ラスト チャンス」へ入った途端、
突然、後方操縦席のキャノピーとともに、チェ所長が座った後方操縦席が空中に打ち上げられた。

当時、チェ所長は160フィート(約50M)以上、宙に浮いたが、すぐに落下傘が広がったため安全に地上に着陸した。

だが、国内に39機だけのF-15K戦闘機のキャノピー部分と射出用座席が酷く壊れたのはもちろん、
機体の後部側の下部も爆発力により一部破損したと分かった。

空軍側は「機体の誤作動ではなく、チェ所長のミスにより、射出レバーが作動したと把握している」とし
「正確な事故原因および修理費用などは、詳しく調査をしてみてからでないと解らない」と説明した。

他の空軍の関係者は「F-15Kの1機当たりの価格は、1億ドルだ」と言い、
「キャノピーの交替などを勘案すれば、今回の事故による修理費用だけでも10億~20億ウォンに達する」と見ている。

「スラムイーグル」とも呼ばれるF-15Kは、2002年の第一次FX(次世代戦闘機)事業の時選ばれ、
2005年から40機が導入され、来年までに20機が追加導入される予定だ。

25日に東海で幕を上げた韓米連合訓練にも、米軍のF-22などと共に空中任務を遂行している。

ソース ノーカットニュース(韓国語) 2010.07.26 06:03
http://media.daum.net/society/affair/view.html?cateid=1010&newsid=20100726060321532&p=nocut&RIGHT_COMM=R12


慌てて取り換えられた国連本部の「おかしな韓国国旗」




【ニューヨーク29日NEWSIS】 国連韓国代表部は、ニューシスが18日(以下、現地時間)に「太極」模様(中心部の赤と青の模様)が非常に小さく描かれた太極旗(韓国国旗)が国連本部前に掲揚されていると報じたのに関連し、19日に国連代表部が保管中の通常の太極旗を国連本部側に渡したことを明らかにした。


 国連本部前の掲揚台には加盟192カ国の国旗が掲揚されており、儀礼局が管理している。


 国連韓国代表部側は「太極旗を含め加盟国の国旗は国連本部が一括して管理しており、これについて国連から問い合わせを受けたことはない。国旗は通常、風になびいているため、太極模様が間違っているということに気付かなかった」と弁明している。


 だが、問題の太極旗はすでにかなり前から掲揚されており、一目で太極模様が通常より小さいことが分かる。このため、「国連代表部やニューヨーク総領事館は国の象徴である太極旗に普段から関心を払っていなかったのでは」と批判されても仕方がない。


 さらに、ニューヨーク総領事館(金慶根〈キム・ギョングン〉総領事)と国連代表部(金鉉宗〈キム・ヒョンジョン〉大使)は国連の反対側、45番街にある。オフィスから出て左を向きさえすれば、すぐに太極旗が目に入るのだ。


 総領事館の職員はパーク・アベニューにある窓口と韓国文化院を除いても、本館には20人以上が勤務している。国連代表部の場合、大使と次席大使2人、参事官8人、書記官15人など計29人、その上行政職員も24人いる。これほどの人数が毎日行き来しながら、正しくない太極旗について一度も指摘しなかったというのは理解しがたい。


 特に、今年は潘基文(パン・ギムン)事務総長の就任とともに、国連に対する韓国人の関心が大きく高まっていることや、国連総会が開幕した状況で、こうしたことが明らかになったため、国民からは批判の声が出ている。


 「おかしな太極旗」が国連本部前に掲揚されていると報道された直後、ポータルサイトの利用者たちは「国の恥さらしだ」「恥ずかしくて情けない」「韓国人が国連事務総長を務めているのに、何をしているんだ」などと一斉に書き込んだ。


 ID「SUNKIM2000」というネットユーザーは「国連本部には韓国人がいないのか。一体どこであんな物を作ったのか」と悔しがった。また、ID「SEMOZ」というネットユーザーは「太極模様がゆがんでおり、大きさも基準と違う。あれが太極旗ならペプシコーラのマークも太極旗だ」と皮肉った。


 さらに、ID「PSCHRIS」というネットユーザーは「太極模様をもう少し大きくし、師卦(四方の線状の模様)の位置を中心に寄せるべきだ。幼稚園生が描いたものでもあるまいし…」と開いた口がふさがらない様子だ。


 こうした中、在米韓国系コミュニティーからも「情けない」という反応が出ている。ニュージャージー州リッジフィールドパークに住むチョン・ジンスさんは「総領事館から目と鼻の先にある太極旗があれでは、一体何をしているのか。一般国民でもない、国を代表する人々が太極旗の間違いに気付かないとは情けない」と語った。


 またニューヨーク市フラッシングに暮らすミン・ビョンウクさんは「十数年前に国連本部の太極旗が逆さまに掲揚されていたのを一度見たことがあるが、韓国人が事務総長に就任した国連で、再び間違った太極旗が掲げられていたというのは、国際的な笑い物になるようなこと」と批判した。


NEWSIS/朝鮮日報JNS


http://www.chosunonline.com/article/20070920000047