八代照聴所は昭和十八年十二月に所長が着任し准士官一名、下士官兵二十六名の体制で徳山海軍警備隊として発足した。下部に発電所用冷却水水槽、兵舎跡、聴音機基部、探照灯跡、指揮所跡が有るとされるが、北側下須野川内から堀貫溜池、堀切峠手前のカーブの赤テープから入り冷却水水槽のみ発見したが、その他は踏み跡、印が無く見つからなかった。ほぼ藪で冬期にまた確認に来たい。

 令和八年一月十六日 作業服、登山靴で地図をアルバムに残し確認に来ました。発電用水槽から入り、大型碍子発見、踏み跡沿いに兵舎跡、少し上に丸型掩体中央部に探照灯基部ボルト、小型壕、が三角点頂上部に有りました。西側尾根に聴音機台座が有りましたが、指揮所跡のみ発見できませんでした。