秋吉稲荷神社から赤間関街道を下ると、鋭武隊中村千代乃進墓、明治二年巳八月二十一日と記された古墓が有った。諸隊は慶応元年(1865年)一月六日より大田絵堂の戦いに参加する。戊辰戦争を終え、明治二年(1869年)版籍奉還を受け諸隊解散、三千名の隊士が解雇され、翌明治三年一月脱隊事件となり三月鎮圧された。鋭武隊には富永有隣もいた。中村千代乃進はどうゆう人生を歩んだのだろうか。