明治二十年頃日露戦争を控え下関要塞群の一角として整備された砲台。273mの山上と国有地の為良い状態で残され現在はキャンプ場として利用されている。日露戦争の要塞群は良い材料でしっかり造られて現在もその姿を留めている。太平洋戦争の防空砲台は急造りで材質も悪く簡易なものでした。
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