小倉城北側に広く陸軍小倉造兵廠が有りました。米軍は広島の原爆投下の次の目標を陸軍小倉造兵廠に定め投下に来ましたが小倉上空の視界不良の為、目標を長崎に改め原爆を投下したと言われています。当時八幡製鉄所は爆撃回避の為、タイヤを燃やし視界不良を装いました。小倉では原爆を回避し大きな被害を免れましたが、戦争の大きな犠牲を語り伝えています。
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