北部九州で は豪雨で大きな被害が出て、去年の5月は熊本の地震。近年地震や大型の風水害の被害が頻発する様になった。昔は定年までいて災害派遣は一回しか行ってない様な方もいました。災害は今に比べれば本当に少なかった。昭和58年は浜田から益田の山陰の広い範囲で豪雨災害が有り、100名を超える被害者が出ました。山口の17連も益田に災害派遣に出動しました。昼飯を食べていると被災者に石を投げられました。自衛隊は皆が困った時に赤飯を食うのかと。隊員は缶飯の赤飯を食べていました。被害も深刻で被災者の気持ちも大変なものが有りました。
昔は缶飯か乾パン、缶飯は白飯、赤飯、五目飯、副食が一缶ついて、たくあんの缶詰が二人に一缶。缶飯は三〇分ほどボイルして携行していました。自衛隊もスコップぐらいしか持っていませんでしたが、阪神淡路震災以降、消防と同程度の装備を持つ様になり、少しは役に立つ様になりました。