殉職軍馬之碑、第十九代連隊長赤松寅七書、機関銃隊昭和八年度縁故者建之。
 昭和七年七月二十一日満州事変より凱旋、昭和十二年七月二十七日支那事変出征まで部隊は山口に留まった。軍馬はまだ貴重な機動力だった。怪我や病気で亡くなった軍馬が祭られている。古くは道端に馬頭観音が祭られ、何処の馬の骨か分からないの言葉通り馬は行き倒れ外地に渡った軍馬は一頭も帰る事は有りませんでした。
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