戦跡探訪 宇部 呉海軍工廠宇部分工場 宇部紡績は沖の山炭鉱(宇部興産)が大正六年女子に就業の場を与えようとして創業、最盛期には1200名の工員を抱えました。昭和十八年国の買収に呉海軍工廠宇部分工場となり、昭和二十年七月二日の空襲により工場は焼失しました。図面に焼失の記載が有り、線路側の倉庫は残り戦後宇部市役所の車両科で使用されましたが今月解体され宇部紡績、呉海軍工廠宇部分工場の建物は無くなりました。宇部図書館の塀、赤れんが広場に歴史ある煉瓦塀は残されています。