戦跡探訪 彦島 水雷発射用突堤 彦島南公園の山が関門海峡に落ち込む辺りに、水雷発射用突堤は有りました。 日露戦争(明治三十七年、三十八年)を前に明治三十五年(1904年)関門海峡砲台要塞の水雷発射用突堤として造られました。砲台群の史跡は多く有りますが水雷はここだけです。ロシヤ海軍は日本近海に出没し輸送船も各地で撃沈され、水雷の陸上発射も戦法として考えられました。関門海峡は当時旅順港の様に考えられていたのかも知れません。