文久三年(1863年)薩摩、会津の公武合体派の政変で尊王攘夷派の公家七人が京を追われ長州に落ち延びました。第一次長州征伐の後大宰府に七卿が移るまで、各地にその足跡を残し藩内の世論を喚起し、井上邸に三条候が滞在した事から七卿遺蹟之碑は建てられました。藩内の恭順派を倒幕派に変えて行く中で七卿は思想的影響を与える事になりました。
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