戦跡探訪 小郡 柳井田関門 馬関戦争を期に藩庁を山口に移した、毛利敬親は文久三年(1864年)中領八幡宮の高台からふし野川に関門、台場を造った。 戊辰の戦いに凱旋した諸隊兵五千は御親兵に二千三百名しか採用されず、脱隊兵として山口周辺に割拠した。 柳井田関門に占拠した脱隊兵と常備軍は明治三年(1870年)二月八日激しい戦闘になり九日脱隊兵は投降しました。