物干場 に官品のスキーが並ぶと、冬の訓練が始まる。私の部隊では寒冷地手当て安い方三千円が三ヵ月、北海道は高い方六千円が半年出ると土橋班長は言っていた。琵琶湖の湖北の饗庭野は雪が深かった。山側に木造の古い金吹廠舎、琵琶湖側がおおとも廠舎、新築ですぐ前の斜面でスキーが滑れたのをよく覚えている。山は腰よりも雪が深かった。キャリパー50の搬送にスキーを履いて、アキエと言う運搬用のそりをたすき掛けの紐で二人で引く。射座で二中隊の高崎三尉が遅いぞと怒鳴っている。雪の上のアヒルみたいになかなか進まない。頭に来た高崎三尉が前に出て雪に埋もれて動けなくなった。両側に二人で行き引っ張り上げると、有難うとにっこり笑っていた。二中隊の高崎三尉は三中隊の田原三尉と防大同期だったが、この人は糧食班勤務で防大に合格した異色の三尉で大変面白い人でした。