戦跡探訪 宇部 丸尾崎砲台跡 幕末、日本に近海に近づく外国船が多くなり、弘化二年(1845年)幕府の命により沿岸防御の拡大を指示した。萩藩は弘化四年防御の実施をはかり、妻崎浦、丸尾崎、三田尻大濱、三田尻問屋口、室積、上之関、室津、沖家室、に砲台を整備した。丸尾崎の突端、今は竹やぶの中に石塁の跡があります。