又兵衛は、文化十四年(1817年)小野田 高泊 高須に萩藩士喜多村正倫の次男として生まれました。養子となり来嶋を名乗り、厚保 本郷 現厚保小学校運動場の辺りに新居道場を設けました。又兵衛銅像はこの地にあります。元治元年(1864年)禁門の変のおり遊撃隊を率いた又兵衛は、蛤御門で薩摩藩兵の狙撃を受けます。助からないと悟り、甥の喜多村武七に介錯を命じ首をはねられました。又兵衛は最後の鬼武者だったのかもしれません。
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