戦跡探訪 下関 前田台場 文久三年(1863年)五月十日長州藩は攘夷戦を発令、米商船ベンブローグを砲撃しました。6月報復に来た米軍艦により、長州軍艦は撃沈前田砲台も占領、砲を持ち去られます。元冶元年(1864年)再度来襲した連合国艦隊により、すべての砲台が上陸占領されました。馬関戦争と言われる戦いを経て、攘夷戦の無理を悟った長州藩は、尊王倒幕に向かって行くことになりました。