俺が遊んでいる「バトルスピリッツ」というカードゲームでイカサマ騒動が起こり、Twitterで炎上した。

経緯としてはこうだ。

①大会でイカサマが起こる

②された人が審判を呼ぶ

③された人の親がTwitterで「イカサマするな!」とツイート(この時名前は公表せず。ただし、その人の経歴などは明かす)

④拡散され「晒せ!」などの意見噴出

⑤犯人探し始まる

⑥一部明らかになった情報を元に色んな人が疑われる

⑦事が大きくなり本人自白&謝罪

という具合。(Twitterで可能な限り情報を拾っただけなので事実と異なる場合もあり)

ここまでが今回取り上げたい経緯だ。

この中には、俺がこれまで唯言の中で取り上げてきた論理の落とし穴、トンデモ話、エセ科学などなどが多く含まれていた。

そこで、この問題について総括しておくことは、非常に有意義であろうと思われる。


とりあえず、イカサマをやったとされる人を晒した理由には、「イカサマをするとこうなるぞ」と示すことで、再発を防ごうというものらしい。

つまりは、「見せしめ」だ。

だが、「見せしめには犯罪抑止効果があるか?」という命題には、実はある意味では実験と言えるプログラムが行われたことがある。

その結果、効果が無いが判明している。

以下の内容はマシュー・サイド「失敗の化学 失敗から学習する組織、学習できない組織」を大いに参考にしたものである。


1978年のある朝、アメリカの17人の15歳から17歳の少年少女がローウェイ州立刑務所(現イーストジャージー州立刑務所)を訪れた。

彼らは、みな一度は警察の厄介になったことがある、いわゆる「ワル」だった。窃盗、麻薬、強盗…罪状は様々だ。皆一様に表情は明るく、遠足気分だ。

そこには「ワル」らしい図太さと、子供らしい気楽さが表れている。

彼らはここに収監されるわけではない。

そうかといって、観光に来たわけでもない。ここはアルカトラズ刑務所のような閉鎖され、観光資源と化した刑務所ではない。

彼らはここに、ある教育プログラムに参加するためにやってきた。

そのプログラムの名は「スケアード・ストレート・プログラム」。

「スケアード・ストレート」とは、意訳するなら「恐怖による更生」だ。

これは、先のローウェイ州立刑務所の受刑者たちによって発案された。1978年時点で、実行されてから2年目だった。

受刑者自ら、自分たちが、刑務所の中の境遇がどんなに悲惨で残酷であるかを見せることによって、子供たちに「こんな風になりたくない!」と思わせようとしたのだ。

バトスピ勢は人をさらし者にしたが、受刑者たちは自らさらし者になることを選んだ。

受刑者たちは、プログラムの対象になった子供たちに怒号や卑猥な言葉を投げかける。彼らはすっかりおびえてしまって、当初の遠足気分も、「イキった」様子もすっかり消えた。

それも当然だ。
目の前にいるのはアメリカでも特に凶悪な犯罪者ばかりだ。ノリで悪事に手を染めた子供ではない。“面接官”を買って出たのは終身刑を含む長期の禁固刑を受けた20人で、その期間を合計すると1000年を超える。

受刑者たちは、子供たちを脅し、恐怖させる。「俺のようになるな」という精一杯の思いを込めて。

言わば「しくじり先生 笑えないバージョン」だ。

そして、そのプログラムを終えて刑務所を後にした子供たちはすっかりおびえてしまい「もう絶対に戻りたくない!」と口々に語った。

この時点では、このプログラムは「こうかはばつぐんだ」ったかのように見えた。

だが、本当にその効果を調べるには厳正な検証が必要だ。
厳正な検証とは何か?

「ある病気の人たちに、ある薬を飲ませた。すると、その80%が1週間でその病気が治った」
こんな話を聞くと、多くの人が、「この薬には効果がある!」と思いがちだ。だが、それは大きな勘違いだ。

実験には「対照実験」というものが必要だ。あることが引き起こす結果を知りたい時、それが含まれていない実験をする必要がある。

上の薬の例で言うと、飲まなかった人はどうなるかを確認しなければならない。
もしも薬を飲まなかった人が、飲んだ人よりも多く治っていたら、あるいは早く治っていたら、その薬は、効果が無いどころか、自然治癒力を低下させていると思われる。

スケアード・ストレート・プログラムもその方法によって検証された。

検証を行ったのはラトガース大学法科大学院のジェームズ・フィンケナウアー教授。

同年、フィンケナウアー教授は、非行歴のある若者をランダムに二つのグループに分けた。一方のグループはプログラムに参加した子供たち。もう一方のグループは未参加の子供たち。

つまり、“薬”を“飲んだ”グループと“飲まなかった”グループに分けたわけだ。
そして、彼らの再犯率を比較した。

その結果は、“薬”を“飲んだ”子供たちの再犯率は、“飲まなかった”子供たちの再犯率と比べて高かったことが判明した。

効果が無いどころか逆効果だった。

良薬は口に苦しとばかりに飲ませた薬は劇薬だった。

プログラムの結果に対しては、その後もさまざまな検証が行われたが、いずれもフィンケナウアー教授の調査結果と大きく変わらなかった。

ある検証ではプログラムを受けた子供の再犯率は、受けなかった子供より25%も高まるという結果さえ出た。

この検証を行った組織のひとつ「キャンベル共同計画」は2002年にこう報告している。

「青少年をプログラムに参加させるより、何も実施しないほうが状況の改善につながったと思われる」注1

どうしてこんなことになるのだろうか?

フィンケナウアー教授は実にごもっともな指摘をしている。

子どもたちが犯罪に手を染める要因はさまざまで、はっきりしないことも多く、その実態をとらえるのは簡単なことではありません。落ち着いて考えてみれば、たった3時間の刑務所訪問でそんな問題を解決するのは無理な相談だとわかるはずです。

そして、次のような悲しい現実をも報告している。

「怖くなんかなかった」と仲間や自分自身に証明するため、わざわざまた罪を犯した子どもも少なくありませんでした。

個人的に、このような子供らしい強がりは、わからなくない。

2007年3月17日、ニュージャージー州ハッケンサックに住む45歳のアンジェロ・スペジアールが逮捕された。

彼は、先に紹介した、ローウェイ州立刑務所でスケアード・ストレート・プログラムを受けた少年の1人だった。

彼は、懲役25年を宣告され、皮肉なことに、ローウェイ州立刑務所に収監された。

そして、マシュー・サイドが指摘する可能性はさらに皮肉だ。

「そのうちアンジェロがスケアード・ストレート・プログラムの囚人側となって、次世代の非行少年たちに怒号を浴びせるかもしれないということだ」注2

このことから、「見せしめ」による効果を狙ってイカサマをやったとする人を晒し上げた行為に、合理的正当性は全く認められない。

「見せしめ」について、「昔のさらし首というのは必要に迫られてやっていたんだな」という意見も見た。

だが、その昔の日本で、日本史上最も残酷な刑とも言われる「釜茹での刑(諸説あり)」に処せられた石川五右衛門が、

石川や 浜の真砂は尽くるとも 世に盗人の種は尽くまじ

という辞世の句を残しているのは痛烈な皮肉だ。

「見せしめ」にまつわる事態は皮肉なものばっかりだ。

注1・注2なぜフィンケナウアー教授の調査から、キャンベル共同計画の調査まで24年も経過しているか、なぜ現在もプログラムが行われているかについては、ぬぐいがたい人間のある心理がかかわっている。その心理はこのイカサマ問題とは関係ないので詳述しないが、非常に興味深いものなので、ぜひ「失敗の科学」を読んでいただきたい。

参考資料スケアード・ストレート - 龍谷大学 犯罪学研究センター

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