土方歳三資料館日記 (Hijikata Toshizo Museum Blog)

土方歳三資料館日記 (Hijikata Toshizo Museum Blog)

土方歳三の生家跡に設けられた資料館にて運営に携わる子孫の綴る日記。

「土方歳三資料館図録」発売中!
図録表紙

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2日目朝は、鶴ケ城からキラキラ

 

朝の澄んだ空気で、内堀の紅葉が一層鮮やかにキラキラ

 

 

 

現在鶴ケ城天守閣博物館では「1868年の会津藩」展示を開催中キラキラ

今回は、副館長様に展示を解説していただきながら全ての層を鑑賞いたしました。

 

この展示の図録が素晴らしく、戊辰150年の年とは言えど、いろいろな立場を忖度して、最後はオブラートに包んだような歯切れの悪い解説も多い中、幕末の会津藩の立場をズバッと斬り込んだ図録なのです。

鳥羽・伏見の戦いの錦の御旗、武器、奧羽越列藩同盟…決して被害者意識高くヒステリックに叫んでいるのではなく、客観的に淡々と分析されているのを感じます。

 

解説も素晴らしいものでした。

 

解説して戴きながら展示をみると、なぜそこにこの史料があるかという意図まで分かります。

たくさん勉強になりましたが、印象的だったのは2点。

 

*新選組は京都では容保公と関係が深かったが、地元会津藩士たちにとっては、所詮よそ者という下に見る意識があった。

土方歳三が足を怪我して会津に来ても、当時はすでに士分なのだから、礼を持って城内に迎えられるべきところ、土方は清水屋旅館(郭外)に逗留していることからも伺える。斎藤一はじめ新選組もお城から遠く離れた如来堂で陣を敷いていることから、容保公と地元会津藩士との間の新選組への微妙な意識の差が見え隠れする。

 

*白虎隊はなぜここまで有名になったかというと、「愛国心のために自刃した少年たち」というストーリーが、明治以降軍国主義の象徴、宣伝として扱われたことにもよる。現に日本からムッソリーニに立派な白虎隊自刃の絵が贈られ、官邸に飾ってあったことなどもある。勿論、伝えていかなければならない悲しい出来事だけれど、そういった時代背景なども経て、よく知られる話となった。

 

などなど。

史料解説に加えてしてくださるお話も大変興味深く、皆さん耳が倍以上に大きくなっていました照れ

 

 

 

その後、斎藤一さん他新選組隊士が激戦を繰り広げた如来堂にキラキラ

 

 

「いわゆる藤田家文書にはね、如来堂での戦いのことも出て来て、

『ゲリラ戦を繰り広げた』って書いてあるんですね…」

など藤田様のお話を聞いて如来堂を訪ねると感慨深かったですキラキラ

 

皆さんの強烈なリクエストで石碑の横にお立ちになる優しい藤田様キラキラ

 

そしてその藤田様をカメラにおさめようとするご参加者パパラッチ集団爆  笑爆  笑爆  笑

すごい〜、家政婦(私)は見たニヤリ

 

本当なら、歳三さんがここを訪ねたなら、もっともっといろいろな思いがこみ上げたことでしょうね。

藤田様にお願いして記念に一緒に撮らせて戴きました。

 

次に訪ねたのは天寧寺。

近藤勇さんの墓所をお参りしました。

 

 

近藤勇さんのことを語ってくださる宮川様。

 

近藤さんと歳三さんの絆が感じられる場所です。

今回は沢山の墓所を墓参いたしましたが、よみカルA様が各所で全員分のお線香をご用意くださり、ご迷惑にならないような墓所では、ひとりひとりお香を手向けて合掌しましたキラキラ

 

 

最後は院内御廟へ。2〜9代藩主様の御霊の眠る場所です。

 

 

容保公御廟は一番奧。

本来ならお墓で写真を撮るのは不謹慎かもしれませんが、

150年経ち、お仕えしていた新選組の三人の子孫が、150年ぶりに仲良く墓参をさせていただきましたよ、という記録のために一枚写真を撮りました。

 

その後は、武家屋敷にて、待ちに待った昼食タイム星

併設するショップでお土産を買う方、私オススメのお秀茶屋に食後にひとっ走りして田楽セットをテイクアウトする猛者びっくり

皆様しばし自由時間を過ごされました。

上の赤やじるし。なんだと思いますか?

これは会津名物の天ぷら饅頭キラキラ

 

実はこれを椎茸と勘違いして天つゆにつけて口に入れて

「しまったあアセアセアセアセ」となる事件があちこちのテーブルで多発!!

波乱を呼んだ昼食タイムでした笑い泣き

あ、栗ご飯は力士ばりのすごいボリュームでしたが、美味しくて全部いけちゃいましたラブラブ

「ごっつあんですキラキラ

…帰宅してから体重計に乗るのが怖いですねタラー

 

 

そして最後に訪れたのは母成峠流れ星

8月21日7時間にわたる 旧幕府軍800名 対 新政府軍3000名の攻防戦があった場所です。

駐車場に建てられた立派な碑には大鳥圭介以下歳三さんの名前も刻まれていますが、実は歳三はこの戦いには参加していません。

この戦いでは、斎藤一さん率いる約70名の新選組隊士が銚子ヶ滝の上にそびえる絶壁の勝岩という場所にて守備を担当しました。

 

母成峠には、実はちょっと歩くと道路脇に塹壕が残っているんです。

昨年になり、立派な案内板ができました。

 

今回ご参加者の皆様が、時間管理をきっちり協力してくださったおかげで、少し時間に余裕ができましたので、塹壕跡も訪ねることができました。

 

 

赤い部分が旧幕府軍の迎え撃った2段構えの胸壁。

黄色が旧道で、新政府軍が通って侵入してくる経路。

旧幕府軍と新政府軍のふた班に別れて入れ替わりながら、どちらの視点からもお互いを確認していただきました。

 

ここで心配なのは熊、

ご参加の中で熊鈴常備されていらっしゃる方がいて助かりますおねがいおねがいおねがい

ない人は携帯鳴らしたり、手を叩いて〜と呼びかけ、大人数ですが念には念を入れて…。

 

立木で少し見にくいですが、黄色のライン(旧道)に新政府軍班に並んでいただきます。旧道を右から左手に進んできますが、こちら(旧幕府軍胸壁)からだと上から見下ろしながら、3、40M先の敵を落ち着いて狙える位置です。

(当日は照準を合わせるのに邪魔になる立ち木などは払ってあったと想像しています)

 

下が、2段構えの胸壁の下の掘り下げられた部分、150年経ち、長年の落ち葉の滞留で高低差はなだらかになっていますが、当日は胸壁に隠れて弾丸の充填作業などを行えるような深さだったのでしょうね。

 

旧幕府軍胸壁下の段と上の段に分かれていただいたところ。

 

手前のグレーのコートの方が、射撃の格好をとってくださっています。

 

こうして上からは狙いやすく、旧道側からだと上から銃口だけが見えて狙い撃ちされる目線になります。狙われる方は恐怖も増しますね。

ここに立つと、旧幕府軍も、できる備えをしっかりして新政府軍を迎え撃ったんだなということが分かります。

 

 

最後は母成峠の戦いで失われた尊い命を祀った場所へ。

東軍殉難者慰霊碑。

 

慰霊碑のかたわらには、戦死者を埋葬した土饅頭。

 

忘れてはならない場所ですね。

 

西郷頼母さんの和歌の句碑も。解説を読むと、生きながらえた西郷さんが背負ったものの大きさが伝わってくるようです。

 

 

このあと郡山駅で解散となり、今回の旅は終わりました。

 

思えば、昨年よみうりカルチャー横浜にて実施された、新選組子孫による毎月一度の連談講座で繋がったご縁が、今回の旅の企画につながりました。

それまで、慰霊祭などの場でお会いすることはあっても、こうして一緒に墓参をさせていただけるとは夢にも思っていませんでした。

 

おそらく後にも先にも1回だけの、とても貴重な機会をいただき、主催のよみうりカルチャー様、藤田様・宮川様、ご一緒させていただきました皆様に、心から感謝しています。

 

拙い備忘録を最後まで読んでくださり、ありがとうございましたキラキラ

 

戊辰戦争から150年目に

 土方歳三子孫  土方愛

 

 

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1日目の続きですキラキラ

 

バスは大内宿に到着。

歳三さんは宇都宮で足を負傷して、無念な思いとともに、いくつも峠をこえて下野街道を会津へと運ばれる(戦線を離脱するくらいですから自力で歩き通せるような怪我ではなかったと思います)途中の宿場町。

 

 

 

風情溢れる宿場町。新政府軍がつけた刀傷の遺る山本屋さんという茶屋もあります。

 

今回は美味しい手焼きお煎餅で有名な山形屋さんで昼食。

 

川魚や山の幸キラキラ

 

こちらのお蕎麦が、田舎蕎麦風のコシの強いしっかりもっちりした歯ごたえで美味しいキラキラ

大内宿のお蕎麦はネギ一本で食べるお蕎麦が名物なのですキラキラ

(でも、ちょっとネギ一本では食べにくいし、せっかく美味しいネギも生でかじると辛いから、ネギはいろりで焼いて甘〜くなったところを食べたいところです笑い泣き

 

大内宿の次は、福島県立博物館へと。

今回は藤田様のご厚意で、藤田家が寄託されている史料を特別にご用意いただいたお部屋にて主任学芸員様のご案内で特別にみせていただきました。

史料にまつわるエピソードなどをご子孫様から直接伺いながら見せていただく機会は一生に一度だけでしょう。

 

皆様の目は倍くらいの大きさに見開かれていました!!おねがい

 

斎藤一さんの家族写真や容保公から贈られた和歌など、主任学芸員様の解説、藤田様のお話を伺いながら眺めていると、斎藤一さんの生き様や人となりが身近に感じられて、本当に貴重な時間を過ごしました。

 

そんな思いに満たされながら、阿弥陀寺へキラキラ

 

 

阿弥陀寺では、藤田様のご高配により本堂に上がらせていただき、ご住職様よりお寺と東軍の由縁、そして斎藤一にまつわるお話をいただきました。何回となくお参りをさせていただいておりますが、なかなか通常ではお伺いすることのできない、とてもありがたいお話でした。

 

その後は特別に御三階の1階部分を公開していただきましたキラキラ

元は鶴ヶ城の小天守だった御三階、焼失した阿弥陀寺本堂として移築されたために、現在までその姿を残すことが出来ました。鶴ヶ城の唯一の遺構です。

 

境内の東軍墓所には戊辰戦争で失われた1281柱が埋葬されており、それらのことから会津と絆の深い斎藤一さんが、魂をともにしたいと「阿弥陀寺にお墓を建ててほしい」と希望されたのかな…などと思いを巡らせながら、斎藤一さんの墓所や東軍墓所をお参りしました。

 

 

 

白河〜大内宿〜会津若松市内、と充実の初日の行程も全て終わり、

あとは夜の食事会を残すのみキラキラ

 

皆様ホテルにチェックインされてしばしご休憩されている間に、

私たちは会津若松駅まで買い出しにキラキラ

 

ちょうど先週JR東日本シリーズラストの近藤勇オリジナルのお酒が発売されたということで、よみうりカルチャーご担当A様の粋なお計らいにて、「懇親会のサプライズプレゼントをこのお酒にしよう」ということになり、近藤勇、斎藤一、土方歳三の3種の日本酒にそれぞれ子孫で署名をして準備キラキラ

 

 

 

懇親会は、渋川問屋さんにてキラキラ

 

風情ある店内キラキラ

 

 

お料理は会津の郷土料理ですキラキラ

どちらかというとがっつりお食事ではなく、お酒を楽しみながら少しづついただくようなものが多くて、「幕末の頃も、会津でのお酒の席はこうだったのかしら」なんて想像しながらいただきましたキラキラ

 

右下のグラスの中は食前酒のにごり酒キラキラ

「会津では条例で、乾杯は日本酒でって決まっているんですよ」と中居さんキラキラ

さすが米どころ会津〜ウインクおねがいウインク

 

後半は、自己紹介がてらお一人づつ新選組愛を語っていただき。

同じことが好きなもの同士だからか、話が弾む弾む…キラキラ

お一人参加の方が3分の2以上でしたが、すぐに仲良くなられて意気投合していました爆  笑

 

 

じゃんけん大会も無事大盛り上がりにて終了…キラキラ

皆様一日お疲れ様でした〜流れ星

 

 

私はご参加の方より差し入れでいただいた薬湯に浸かりながら、ポカポカにあったまって休みましたラブラブ

ありがとうございましたおねがい

 

その参へと続きます流れ星

 

 

 


テーマ:

戊辰戦争後初めて三家合同での慰霊の旅。

 

近藤勇、斎藤一、土方歳三子孫で巡った「よみうりカルチャー横浜 新選組子孫と会津墓参の旅」無事終了いたしました。

ご参加いただきました皆様有難うございました。

紅葉の美しい白河、大内宿、会津若松、母成峠…。

激戦地あり、墓参あり、塹壕跡あり、特別拝観あり、懇親会あり…の盛り沢山すぎる2日間でした。

 

少しづつご報告を兼ねて記事に綴っていきたいと思います。

 

 

集合は白河駅キラキラ

全国津々浦々より新選組を愛する方々が集まって来られました。

 

白河駅は、戊辰150年の大きな歴史や史跡を解説する特設パネルがあり、眺めているとテンション上がりますキラキラ

白河の関を抜けて改札を出る仕組み爆  笑爆  笑爆  笑

 

 

まずはバスに乗り込みます

 

 

街のあちこちには戊辰戦争150年の幟

 

 

最初に訪れたのは、白河の戦いでの激戦地である稲荷山

 

近藤勇ご子孫宮川様の解説に耳を傾け、戦死の墓にて手を合わせます。

 

傍の招魂碑の篆額「招魂碑」の文字は、松平容保公の御揮毫。

 

 

稲荷山は数分で登れてしまう、小高い丘のような山。しかし奥州街道からやってくる敵を迎え撃つには見晴らしもきいて絶好の場所だったのでしょう。この激戦で約700名の命が失われました。

 

戦死者一人一人の名前が敵味方の区別なく銅板に記載されています。

 

次に向かったのは小峰城キラキラ

2011年の東日本大震災によって石垣が崩れたりと大変な被害に遭いましたが、

その後見事に復興され、青空に映えるお城です。

 

 

修復された扇型積みの石垣キラキラ

 

 

折しも当日はラーメンフェスティバルがお城の公園で催されていて、ご当地ラーメンのブースがずらりハート

…時間があったら「とら食堂」のラーメン食べたかった…タラー

 

せめてもと、購入した会津限定ボトルのコーラ流れ星可愛いラブラブ

 

そうしたら偶然にも

白河観光物産協会の皆様がなんと新選組の顔入れを作って目の前にいらっしゃったびっくりびっくりびっくり

 

「こんなところでご子孫の皆様に会えるなんて!絶対に記念写真を撮りましょう!」とリクエストをいただき、

3人でパチリカメラ

「沖田さんでなく近藤さんだったらぴったしでしたね〜」なんて言いながらニヤリ

 

 

 

そして、斎藤一さんはじめ106名の新選組隊士が逗留した

脇本陣やなぎや旅館跡を訪ねました。

 

 

こちらの脇本陣は、以前は門前しか見ることができませんでしたが、数年前から修復と整備がなされ、今年から内部も一般公開されています。内部はボランティアガイドさんが丁寧に説明してくださいます。

 

 

明治初期の古写真があり、戊辰の頃のイメージが膨らみます。

 

 

 

 

そして今度は大内宿へと向かいます。

錦織りなす紅葉真っ盛りの山々を見ながら

 

 

途中トイレ休憩に降り立った道の駅「しもごう」では、匂いにつられ、ご参加の皆様、次々としんごろうをキラキラ

私ももちろん!!

 

しんごろうは郷土料理で、会津の新米を固めて上にじゅうねん味噌を塗って炭焼きにしてあります。

甘辛くて美味しいラブラブ

 

 

 

その弐へと続きますキラキラ

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