しばらくぶりになってしまいました……。
しごと忙しくて、更新する暇がありませんでした。
今週末は3連休もらいましたけどね!
で、蜀書を読了いたしました。
なんか、いっぱいいたけど内容薄かったな!という印象。
蜀書の法正伝以下はこうなっておりまする。
■第八:放浪時代から付き従った客人+α
糜竺とか簡雍とか、なぜかここに許靖と秦密[山ナシ]が入る。
・許靖の交州から中原に宛てた手紙が面白い。流浪って大変だったんだと思う。
・任安・董扶→秦密→ショウ[言焦]周→陳寿みたいな蜀の学統が垣間見えたりする。
■第九:楚・蜀の名士たち
董和・董允父子、馬良、劉巴など。
■第十:終わりをよくしなかった残念な人々。
劉封・魏延・李厳など、途中で免官されたり誅殺された人々。
・李厳、廖立など、それでも諸葛亮がまた見出してくれると念願していた人は多い。
■第十一:楚・蜀の名士たち(その2)
第九との違いがわからん。霍峻・向朗・費詩など。官位なのか。
・ときどき諸葛亮が人物評をする際、その手紙が張裔に宛てられる。
■第十二:蜀の学者たち
周羣・孟光・尹黙・ゲキ[谷β]正・ショウ[言焦]周など。
・許慈あたりは苦しかったらしく、「蜀には人材がいなかったから許慈がはいった」といわれる始末。
・来敏は後漢の来キュウの子孫らしい(南陽出身)。
・蜀の学は図緯が盛んな印象。あとみんな司馬相如!楊雄!と言う。
・孟光に執慎将軍という官位が与えられているが、将軍の前につく○○って何でもいいのだろうか。
・益部耆旧伝は陳寿の作と8巻末にあるのだが(晋書が出典らしい)、ここには漢中の陳術作とある。
どっちだ。
■第十三:北に南に将軍伝
黄権・馬忠・王平など、南征・北伐に活躍した将軍ら。
・張嶷伝が面白い。妙に詳しい。蜀書には南蛮諸部族の伝が無いが、これで代えているような印象。
■第十四:諸葛亮後の大黒柱たち
蒋エン[王宛]・費イ[示韋]・姜維の3人の伝。
・安定のお三方なのでとくに言うことなし。
・前のお二人は漢中に行ったり、大将軍だったり、録尚書事だったり、早死にしそうな感じ。
・蜀は諸葛亮後も「ひとだより」なのかなぁ。
■第十五:なんのくくりかわからない…。
トウ[登β]芝・張翼・宗預・楊戯の伝。
・トウ芝はトウ禹の子孫(南陽出身)。魏のトウヨウ[風易]もトウ禹の子孫らしく、近しいのか?
・三国志には書いていないが、張翼は張良の子孫らしい。
・末に楊戯の季漢輔臣賛がついている。
ん。おわた。
最後に、蜀書を読んでみても、なぜ蜀が滅びなければならなかったかちっともわからなかった。
姜維が国内を疲弊させたからなのか、黄皓の悪政のせいなのか、
はたまたショウ[言焦]周の誤った降伏進言のせいなのか。
うーん、もっと読まなければいけないようです。